俺は嘘の様な言葉を聞いたあの後、すぐにコルツ山に向かい手当たり次第にバルガスとおっしょうさまを探した。行った事のある場所、踏み入れていない場所、崖下、山頂、至る所行ける所全てを探し回った。
だけど、一日経っても二日経っても三日目も会う事が出来ずにいた。気持ちばかりが焦り、押し寄せる不安が現実になりそうで堪らない。それに抗いたくて休む事も惜しんで無我夢中で探していた。
岸壁を蹴り上げ山頂へと上がり目を凝らす。懸命に見回しても見つけられないのは、間違いなく探している相手が身を潜めているからだろう。
「…くっ……!!!」
憤りから力が篭りギリッと歯が音を立てる。
どうにかして探し出さなければと躍起になっていた俺の耳に聞こえて来たのは、聞き覚えのある声だった。
「まさか……ユカ……!?」
そんな筈ない。
家に居ろと言った筈だ。
しかも戦闘経験のない彼女が一人でここに来れる訳がない。
けど、もし聞き間違いじゃなかったら。
彼女が声を荒げるほどの事があったとしたら。
「ッ…!!」
考えてる余裕があるなら確かめる方が早い。岩肌に掴まり壁を蹴り上げ登っていき、見下ろした先に見えたのは信じがたい光景だった。
「バルガス……ッ…!ユカ…!!」
あの2人が対峙し、その周りには倒れこむ三人の人影。
尋常ではない事態と状況に戦慄が走り、急いで駆けていくが、その最中に事態は益々悪化していった。
『こざかしい。くだらん望みを持つからこうなる』
聞こえてきた言葉に悲しくなり、そしてそのバルガスがユカに手を上げ、その手を振り下ろそうとしていた。
信じたくもない現実。
それが形となって現れた瞬間だった。
何でこんな事になったのか。
どうしてこうならなきゃならなかったのか。
そして、届けたかった筈の人の心はあいつに届いてなかった。
「くだらない事なんて何一つない!!!忘れたのか!おっしょうさまの言葉をッ!」
攻撃を腕で受け止め、ユカを狙うバルガスから身を挺して遮った。
誰もこんなこと望んじゃいないのに。
だけど望んでもいないこんな事だろうと、誰かの望みがこの先にある結果なんだ。
俺に奥義伝承の話をしたあの時のおっしょうさまの顔は忘れはしないだろう。例え師弟という関係で割り切ったものだとしても、切ることのできないものがる。
だからこそ悩んで迷った末で、俺をその継承者として選んでくれた事も。
「さすがはマッシュ!親父が見込んだだけの事はある男」
「や……やるのか…」
「宿命だ。そしてお前には俺を倒すことはできぬ!それもまた、宿命だ!!!」
バルガスの強さは本物だ。
だからこその傲慢さなのだとしたら。
それをへし折ってやらなきゃ、止めてやらなきゃいけないのは同じ師を持つ俺なんだ。
迷いは捨てて、情は捨てて、今はただ目の前の相手を倒す。
覚悟の時が来たんだ。そして、やるべき時は今―――。
「爆裂拳ッツ!!!!!!!」
大地を深く強く踏みしめ、解き放つ拳に込める力。
幾重にも浴びせるその拳に響く痛みが、腕を通して自らの心に伝う。
「マッシュ……お前…!す、すでにその技を…!!」
「あなたのそのおごりさえなければ…師は………」
立ちはだかったライバルが、己の拳で倒れていく様を見た時、去来する思いは何処にしまえばいいのか。喜びや達成感など何一つないこの痛みは、この先俺の中から消える事は----きっとない。