EP.18
家にしばしの別れを告げて向かうはコルツ山。
そこにきっと三人が居るはずだ。

しかし、意気込み踏み込んだその場所で待ち受けていたのは、自分の想像を遥かに超えた険しさだった。

「…はぁ……はぁ……っ」

山を登る斜面、長い間整備されていない老朽化した桟橋。底も見えない程の深い谷の間に渡されている架け橋は、今にも崩れ落ちそうで恐怖を煽る。

そして何よりも苦しかったのは襲ってくるモンスターとの戦闘だった。真っ赤な鳥や、巨大な猪、戦っている三人から離れた場所に居ても怖いと感じる程だった。

剣にナイフに機械。
攻撃を仕掛ければ、モンスターが反撃してくるその攻防は、画面越しの映像なんかじゃない。傷つければ血が滴り、攻撃されれば怪我をする。

ゲームという枠の中で知っていた筈のモンスターとの戦い。
けれど、データと今は別物だった。
痛々しさ、呻き声、力尽きたモンスターの体は消失せず、その場で血を流しながら動かなくなった。

「………ッ……ぅ……」

生々しい死が目の前に突きつけられ、拒絶反応で気持ち悪さが襲ってくる。そんな私を心配して静かな声で話しかけてくれたのはティナさんだった。

「…大丈夫?」
「平気です…。少し咽ただけですから」

私よりも年下に見える彼女は、平然と戦闘をこなしている。
しかも、心配までしてくれるほどの余裕まであるなんて。

無理を言って、危険を承知で、大変だと分かってて、ここに来たんだ。戦えもしない自分が、環境に耐えられず弱音を吐くことなんて出来はしない。

けれど、段々と高度が増してきた事や体力の無さが原因で足取りは遅くなり、四人の中の一番最後を歩いている自分。

荒い呼吸を繰り返しながら、それでも必死に前を歩く三人の後を付いていった。私なんかより、戦いながら山道を進む皆の方が辛いに決まっている。
だから、重い足を動かし一歩一歩進んでいた時だった。

崖の端に生えていた草が一瞬動いたように見えた。
もしかするとモンスターが飛び出してくるかもしれないと、前を歩くティナさんに伝えようとした時、その草自体が動き出し突然襲い掛かってきた。

「―――!?」

あまりの事に声も出ない。
ただ、狙われているのが自分とティナさんだというのは分かった。
このままじゃ2人とも攻撃を受ける。

自分が咄嗟に下した判断は戦えない自分が逃げるのではなく、前にいたティナさんの背中を力いっぱい押すことで、この場から遠ざけるという事だった。

彼女を押したと同時に自分の肩から背中に掛けて奔った痛み。
それと同時に襲ってきたのは、強烈な眩暈と体の異変。力なくその場に崩れ落ちると、呼吸は浅くなり、吐き気と同時に目の前でチカチカするような光が見える。

「…………ッ…ぅぅ」
「ユカ、しっかりして!」
「大丈夫かユカ!!」
「俺達がモンスターの相手をする!ティナはユカを頼む!」

エドガーさんとロックさんの声が大きく響く。
その後、駆け寄ってきたティナさんが声を掛けてくれるけれど、それにすら返事も出来ず、倒れそうになる体を腕を付いて支えるのが精一杯だった。

「今、治すから」

そう話したティナさんが、今まで耳にした事の無い言葉を紡ぎ始める。少しの時間をそれに有した後、いきなり自分の体の回りを小さな光が包んでいった。

高音と共に光の粒が空へと上がっていき、苦しかった筈の体の異変が瞬く間に消えていく。

「もう大丈夫…?」
「ありがとう、ティナさん」
「ううん、私こそ。ありがとうユカ」

お互いにお礼を言い合って、それが何だが嬉しくて笑みを湛えると、ティナさんも同じように小さく微笑んでくれた。

「大丈夫かい?ユカ」
「はい。もう平気です」

エドガーさんの呼びかけに答え立ち上がると、ロックさんも声をかけてくれた。

「悪かった。敵に後ろを取られないようにしてたけど、前方にも人影が見えたんだ」
「人影…?ですか」
「ああ。それに一回じゃないんだ。この山の中腹あたりから何度か目にしてる」

辺りを見回し唸るように首を傾げるロックさん。こんな緊迫した状況で、自分以外の至る所まで注意を払っているんだと知って驚いた。

「ロックさんは、凄い方なんですね」
「情報を生業としてるトレジャーハンターだからな。小さいことでも見落とさないぜ」
「トレジャーハンターなんですか?」
「知ってるのか?」
「確か財宝や遺跡なんかを発見したりする職業ですよね」
「やるなユカ。よく分かってるじゃないか」

腕を組みながら嬉しそうにするロックさん。
頭に巻かれた青いバンダナが特徴的で、軽装でナイフを扱い、身のこなしがズバ抜けて早い。てっきりシーフなのかと思っていたけど、あながち間違いではなかったようだ。

「ロックもユカも話の続きは後で頼むよ。もうすぐ山頂に着く筈だから休憩を取ろう」

エドガーさんの提案に皆が頷き、先を進んでいくと、洞窟を少し入った所で焚き火を起こし皆でそれを囲んだ。簡易的な食事を済ませ片付けをしていると、ティナさんが焚き火をじっとみつめている事に気付く。

「どうかしたんですか?」
「え…?ううん、何でもないの…」

話はそれで終わってしまった。
だけど、何だか物思いにふけるその顔が気になって、また話掛けてみた。

「あの、ティナさん」
「何?」
「ティナさんって魔法使えるんですね。私、初めて見ました」
「―――・・・・・」

そう言った途端、彼女は黙ってしまった。
もしかして触れられたくなかったのかもしれない。だけど、ここで終わらせてしまう方がもっと良くないと思ったから話を無理に続けた。

「雪みたいな光がふわーって空に昇っていって、凄く綺麗でした」
「きれい…?」
「星みたいにキラキラしてて。しかも、具合まで良くなるなんて素敵な魔法ですね」
「…すてき」
「素敵です。ティナさんの魔法」

例えが下手だったかもしれないと、今更ながら恥ずかしくなってはにかんでいると、ティナさんも同じようにはにかんでいた。何だかさっきと似たような状態になってる事に気付いて、二人で見合って小さく笑いあった。

「ありがとう、ユカ」
「私の方がありがとうだと思います」
「ううん、そんな事ない」
「じゃあ2人ともありがとうですね」
「そうね。それから…」
「何ですか?」
「私の事…ティナって呼んでくれる?」
「いいんですか??」
「その方がいいと思ったから。それと皆と同じように普通に話して。私もそうだから」
「じゃあ、えっと…うん、今からティナって呼ぶね。それから話し方も普通にする」
「ありがとう、ユカ」
「よろしくね、ティナ」

静かで穏やかでゆったりした会話だった。久しぶりに女の子と話を出来たお陰なのか、心が少し解けたような気がして、疲れが一気に消えていった---。


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