俺とユカは黙ったまま見続けていた。
西に沈む夕日を背に、おっしょうさまがバルガスの元に向かっていくのを。
心配という言葉は無用な程、おっしょうさまが強いのは知ってる。
分かってはいるけど、胸に巣くうこの感覚が妙に気になった。
例え俺が強引について行くって言ったとしても、間違いなく断られただろう。
それはあの時の目が言わずとも語っていたからだ。
見えなくなってもまだ見続ける景色。
隣にいるユカもまた、何も言わず同じ景色を見続けていた。
そしていつの間にかオレンジ色の空がゆっくりと紺色になって自分達の周りは暗くなっていた。
「…帰って来るって言ってたもんな。だから、安心して待ってようぜ!」
ユカに話しかけるようにして、その言葉を自分に言い聞かせながら、俺達は家の中に戻る事を決めた。ストーブに火を付け食事を温めていると、ユカが畏まるように側にきて静かに俺に聞いてきた。
「奥義の伝承っていうのはやっぱり難しい事なんですよね…」
何も知らない彼女でも、要因がそこにあるのは分かったようだ。
変に濁したところでどうしようもないから、俺は率直に思った事を相手に話した。
「難しいんだろうな。授かる方じゃなくて託す方が」
「託す方………お師匠様が?」
「ああ」
ユカと出会ったあの日、俺はおっしょうさまから奥義伝承の話を聞いた。
まさかと思うような話だったけど、単純に喜べるものでもなかったのも本当だった。
継承の話を聞いてからというもの、いつか来るその時を嫌でも考える自分がいた。義兄バルガスの性格がそうさせるのだということを心の隅で感じながら。
柄にもなく考えこんでしまったあの日。
気持ちを払拭しようと鍛錬に励むため、コルツ山に登った俺は、そこで倒れていたユカを見つけたんだ。
それから家に連れて帰ってきた三日後、眠り続けていたユカが目を覚ました。ここ数日色々な事を考えていたせいもあってか、彼女との緩やかな会話は俺の気を楽にしてくれるものだった。
そして、今もこうして俺の話を聞いてくれてる。
今までずっと自分の中で自問自答し、答えを見いだし続けていたものを人に話せるのは気持ちとして凄く楽になれた。
そして、迷いがまだ自分の中にあるっていう事を再認識出来たんだ。
「なあ…ユカはバルガスの事、どう思った?」
「私、ですか……」
少し間を空けて、それから俺の目をしっかり見ながら彼女は答える。
「態度や口調は本当に悪いけど、でも全部がそうじゃなくて…。優しい部分だってあるし、それから…何というか凄く真っ直ぐな人なのかもしれないって感じたんです」
まだ、数えられる位しか一緒にいないのに、ここまでバルガスの事を考え真剣に話す彼女の言葉を聞いて頷くように返事をした。
「伝わるよな。きっと」
「2人共、一緒に帰ってきてくれますよね」
笑顔と一緒に同調してくれる彼女の優しさに励まされた気がした。
おっしょうさまも帰ってくるって約束してくれて、ユカも俺と同じように考えてくれた。
だからきっとそうなるに違いないと、信じる事にしたんだ。
そう、したのに―――。
暁の空が運んできたのは心無い知らせだった。
「おっしょう…さまが………?」
そんなの有り得ない、見間違いだ、何かの間違いでしかない。
「コルツ山で修行してた者が見たと話しておったんだ!!!」
そんなの、考えたくもなかった。
信じたい、信じていたい。
なのに…。
「嘘だよね…マッシュさん…。お師匠様が…そんなの嘘だよね…」
俺の方を見るユカの顔色は悪く、信じられない事態に戦慄していた。
嘘に決まってる。そう言いたかった。
だけど、未だ戻って来ない事実がそうさせてくれない。だからこそ、俺がこの目で真実を見て、本人に聞くまでは答えを口にはしたくなかったんだ。
「ユカはここで待ってろ」
伝えながら踏み出した足。
今はただ、余計な事を考えず会いに行かなきゃならない相手がいる。
「……バルガス…ッ」
事実を自分自身で確かめる。
答えはそれから俺が出さなきゃいけないんだ。