EP.14
ふとした瞬間、目が覚めると室内がいつもと違って薄暗い。屋根に打ち付ける音を聞いて、その理由にようやく気付く。

「雨、降ってるんだ……」

昨日の夜にお師匠様が言った通り本当に雨が降った。
マッシュさんもお師匠様もまだ目を覚ましていないようで規則正しい寝息が同じ室内から聞こえていた。自分はそっとベッドから抜け出て、息を殺すようにドアノブをゆっくりと回し、外に出ていった。

ザァザァザァザァ。

次から次へと降ってくる無数の雨粒。
屋根や石段、草の上に落ちてくる色々な音があちこちから響いてくる。

そういえば、雨が降った日は修行はお休みなのだろうか。
後で二人が起きたら聞いてみよう、そう思いながら僅かに明るいだけの外を見回した。肌寒い空気に身震いして、自らの両肩を抱き二の腕を摩りながらまだ戻ってこない相手を待った。

「……はぁ……」

口から出た吐息が白い煙みたいになって雨空に消えていく。
暫くそうやって空が白む頃まで待っていたけど、やっぱり戻ってきてはくれない。食事の支度もあるから一度戻って時間を確認しよう。
そう考えて身を返そうとした時、物凄い突風が吹きつけた。

「……ッツ!」

屋根からの飛沫と一緒に降る雨が、風に煽られ反対に空へと遡っていく。
スローモションのような情景に目を奪われていると、映る景色の中にさっきまで無かったものが忽然と姿を現した。

「――――……!!!!」

離れているけれど、それでもその姿には見覚えがあった。
帰りを待っていた人の姿だったからこそ、なんの迷いも無く踏み出した一歩。
草に染み込んだ水が跳ね、足元を濡らしたが今はそれどころでは無かった。

走り出すと雨の勢いが増して目の前が見えずらくなる。手でどうにか防ごうとしたが、大して変わらなかった。
息を切らしながらその背を追いかけて追いかけて、知らず林の中まで入ってしまっていた。それにすら気付かない程に追いかけ続けたんだ。

「バルガスさん!!!バルガスさん!!!」

名前を叫ぶように呼びながら、歩み続けるその背中にどうにか追いつけそうだと思った矢先、自分の目の前に現れたのはモンスターだった。

「――……ッァ…!!!!」

息が止まりそうなほど驚き、乱れた息で声が出ない。
モンスターの視線と自分の視線が重なり、おぞましい形相で睨まれたが、走っていたせいで勢いのついた体は止まれはしない。

戦う術の無い自分がこのままぶつかれば間違いなくあの時以上に怪我をして、もしかしたら…。そう思うと怖くなって、目を瞑り顔を背ける意外出来ずにいた。

襲ってくるだろう痛みに耐えようと篭る力。
もうすぐきっと自分は…そう思っていた矢先、自分の目の前で奇妙な音がした。
瞑っているから見えはしないけれど、もがき暴れる声と何かが潰れる様な音。

そして…一向に襲ってこないモンスター。
嫌な音と、誰かが近くにいるという気配。
全部が繋がり目の前で起きた事態を推測できた。

見たくない。
でも。
目を開けなきゃ、話さなきゃならない。
その為に追いかけて来たんだ。
助けてもらえたのなら僅かな望み位は、話くらいは聞いてくれるかもしれない…。

「バルガス…さんっ!!」

捉えた彼の顔には赤い血液が付着していて、視界の端には嫌なものが映った。だけどそれを完全に無視し、勇気を出して今はただ目の前の人だけを見て、足を踏みしめ近づいていく。

「バルガスさん…戻ってきてくれたんですよね?」

聞いているのに、聞こえているはずなのに、答えてはくれない。
重なったままの瞳が何を言いたいのかも、どんな事を思ってるのか検討もつかなかった。けれど、自分の事を助けてくれた事は事実だから。

「…ありがとうございます。助けてもらったのこれで二度目ですね」

お礼を口にして頭を下げると、彼は無言のまま立ち去ろうと背を向け歩き出す。

「・・・・なんで…」

帰ってきたんだと思ったのに。
一緒に家に戻るんだと思ったのに。

もう訳が分からなかった。
だから浮かんでくる疑問を全部言葉にして打ち明けた。

「どうしてですか…?戻ってきたんじゃないんですか??」
「・・・・・・・・・・」
「お師匠様もマッシュさんもバルガスさんが戻ってくるのを」
「・・・・黙れ」

低く響くような声。
一言だけ口にすると、また歩き始めるから追いかけて彼の腕を強く掴んだ。

「戻りましょうよ!待ってるんですよ、皆!」
「…………黙れ」
「何か訳があったならそれを伝えれば」
「…黙れッ!」
「お師匠様だって」
「黙れ!!!」
「ッ…絶対に黙らない!!!」

子供の様な言い合いだった。
お互い自分の言い分だけを口にして。
何も知らない。でも知らないから言えた。
知ってるからこそ対立してしまうお師匠様やマッシュさんとは違うから。

「私がいなくなればいいんですよね!?そうしたらバルガスさんはまた戻ってきてくれますよね!?」
「――――……………」
「戻ってきてくれるなら私は今すぐにでもここから出てきます!!だからッ!!」
「ふざけるな!!お前のせいでも、誰の為でもない!!!」
「じゃあどうして!?何で!?」
「仲の良い馴れ合いの生活など当の昔から飽き飽きしていた。俺は強い!!!親父よりもマッシュよりも!!なのに何故いつになっても継承させない!?」

背を向けていた彼が振り返り、憤りを露わにする。
私の顔を見ながら告げた言葉は、家を出る前に口にしたものと一緒だった。
それが彼にとって、とてつもなく大事なんだという事だけは伝わってくる。

「最早あの場に戻ることはない。与えられぬのなら俺は己の力だけでそれを超えてみせるだけだ!!」

彼の表情と目に宿る強い気持ち。
恐怖すら覚えるほどの絶対的な宣言だった。

「だからこそ、お前はここから消えろ。部外者のお前は邪魔以外の何者でもない」

どうしてそんな事をわざわざ言うのだろう。
そんな事しなくても、追いかけて来た時にあのまま放っておけば済んだのに。

「何で…邪魔ならどうして…ッどうしてさっき助けてくれたんです!?」
「そんなものただの気まぐれに過ぎん。失せろ、次に会う事はもうない」
「嫌です!だってバルガスさんが帰ってくるのを二人が待って」
「必要ない。俺は独りだ…」

彼が私の腕を振り解くと、その瞬間突然みぞおちに痛みが走った。耐える間も、考える間も無いうちに視界が真っ暗になり途切れていく。

瞼が閉じ切ってしまう前、彼の頬をまるで涙のように流れていった一筋の雨---。


prev next

bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -