EP.117
私がマッシュにあんな事を言ったからって、別に彼に何の得も無いのに。
もしかしたら、“だから何だよ”って思われたりしただろうか。

「ほんと……バカじゃないの…自分」

エドガーの事を否定したはいいけど、自分から望みを断つような台詞を言うなんて。普通なら好きな人がいるって、好きな相手に向かって言うような事じゃない。

つまり意味が逆転して、自分が彼を何とも思っていないって受け取られてしまうじゃないか。

こんなに彼の事が好きなのに。
毎日毎日想っているのに。
今だってそうなのに…。

「―――……は…ぁ…」

部屋の中で落ち込んでいたある日、自分を呼ぶように扉を叩く音がする。ゆっくりと立ち上がりドアを開ければ、そこにはルノアが居た。

「ルノア、どうしたの?」
「これから全員に話があるって」
「…うん。分かった」

飛空挺の船内に全員が集まると、ロックがこれからティナに話をしに行こうと切りだす。その理由として、最後の決戦を前にティナ本人の意思を確認したいからだと説明するエドガー。

「彼女の決断がどうであっても、ティナの気持ちを尊重したいと思っている」

皆がしっかりと頷き、その意見に賛同した。
飛空挺は一路モブリズへと進路を決め、操縦者であるセッツァーはいつもの如く甲板へと向かっていく。その途中で、足を止めた彼は私を手招きで呼び寄せた。

「ちょっといいか」
「え?うん」

セッツァーの後をついて甲板に出ていくと、突然彼は私に向き直り飛空挺を操縦してみろと言ってきた。

「今まで旅してたんだから、よく見てただろ?」
「でも、見るのとやるのとは違う」
「怖いのか?」
「怖いよ。だって皆の命を預かってるんだから…」

だったらそれでいいと言いながら、無理矢理操縦桿を自分に握らせるセッツァー。隣で指導されながら舵を取ると、自分の意思一つで巨大な飛空挺が動くことの喜びを知る。

「すごいね……」
「翼みたいだろ。自分が鳥に思えてくる」
「うん」

隣で話をするセッツァーをふと見たら、彼は真剣な表情で今後の事を語った。

「俺も次の戦いは参戦しなきゃならない。だから操縦は任せたぞ」
「そんな大役、私には…ッ」
「皆の帰りをいつも待ってるお前だから出来るんだよ。任せたぜ」
「セッツァー……」

ふんと笑ってみせるセッツァーはモブリズまでの操縦を自分に任せると、そのまま本当に何処かへと行ってしまった。
セッツァーの言いつけを守り1人残って真面目に舵を握っていると、今度はルノアが綺麗な髪を風になびかせながら甲板にやってきた。私は久しぶりのティナとの再会が楽しみだったこともあり、ルノアに話をふったのだが彼女は何だか神妙な面持ちだった。

「もしかしてティナが心配?」
「心配はしてる」
「それは、来てくれないかもしれないから?」
「ううん…そういうことじゃない。来ても来なくても、心配だから」

モブリズの方角を見つめるルノアは、まるでティナのお姉さんのようで、感じたままを相手に伝えたらそんな事はないと否定されてしまった。
だけど、もしもティナの姉になれたらどんなにいいだろうと、小さな声で話してくれた。

「ティナはそう思ってるかもしれないよ?」
「どうして?」
「だって同じ幻獣界で生まれたんでしょ?」

彼女は頷いたのかどうか分からない程度の反応しか見せなかったけれど、最初から魔法が使えたのなら、それはティナや幻獣達と同じだと思えた。
例え血が繋がっていなくても兄弟や家族のような特別な関係を築くことは出来るって、私はマッシュやカイエンさんやガウ、それから皆と過ごすことでそれを強く感じたと話したのだけど、ルノアは何故かそれを拒んでいた。

「幻獣は人と違う、同じになれることは決してない」
「だけど昔は一緒に住んでたんでしょ?」
「例えどれだけ共に居られたとしても越えられない。結局は離別する」
「無理なのかな…もう一緒にはなれないの?」
「・・・・・・」
「だけど、ティナは?皆と一緒にいるよ。ルノアだってそうでしょ??」
「私がここに居るのは……戦う為…」

寂しそうにみえたルノアの顔。
彼女は皆と一緒にいる理由をそんな風に考えているんだって初めて知った。だけど、自分はそうは思わなかったから、きちんと自分の考えを話す事にしたんだ。

「戦いが理由だとしても、今の皆はルノアと同じように魔法も使えるし、幻獣だって呼び出せる。共にいることが苦痛じゃないなら、無理に割り切る必要はないと思う。見た目なんて最初から関係ないし、違いなんて考え方くらいじゃないかな?人と人だって同じだよ」

「………私は…」

言いたいことを迷っているルノアは視線を床に泳がせると、最後に寂しそうな顔でこっちを見ながら呟くように話す。

「力が無くなれば…自分がどうなるか分からなくなる」

俯き瞼を閉じた相手はとても辛そうで、なのに打ち明けてくれた意味が自分にはハッキリと認識できないから、苦しくて堪らない気持ちになる。
だけど、自分は彼女のように最初から何かを持っていた訳じゃ無かったから。

「私には元々特別な力なんて無いけど生きてるよ。こうして皆の傍にだっていられる。私なんかじゃ例えにならないかもしれないけど……」
「ユカはきちんと特別なものを持っている。戦う事ではない別のもの。私にはないもの……」
「ルノア??」
「…ごめん。変な話をしてしまって…」
「ううん。そんなことない」

それじゃあと言って、自分の隣から離れていくルノアの後ろ姿が切ない。言葉を掛けようとするけど、自分ではちゃんとした答えが出せず役不足な気がして、結局呼び止めることが出来なかった。

どうにかしたいと思うのに自分は本当に限られた事しか出来ないんだな、とつくづく感じる。だからこんな時、いつも思う事がある。

「話…したいな…。マッシュと…」

彼と話すと大抵の事を前向きに考えられる。最初は難しく感じたり悩んだりしていても、いつの間にか解決してしまうから。
怒ってくれたり、慰めてくれたり、笑ってくれたり。
全部が自分の力になるんだ。

だから話がしたいってそんな風に思った時だった。



「―――ッユカッツ!!!!!!」

後ろから自分を呼ぶ彼の大きな声が聞こえた。
振り返ってその姿を瞳に映せば、こんなにも笑顔になれるから不思議で。

返事の代わりに相手の名前を呼ぼうとする自分。
そんな私を見た彼が焦燥しきった表情で駆け寄ってきて――――。

突然。
私を強く抱き締めながら……こう言った。

「もう、あんな思いは嫌だ」

意味が理解出来なかった。
語る言葉が分からなくて、だけど自分を抱き締めている彼の肩越しに見えた目の前の現実だけはハッキリと見える。

巨大な漆黒の翼を持つ鳥のような獣。
大きな角と細く長い爪を持ち、威嚇するように叫び声をあげていた。

その瞬間、突然黒い装束を纏った骸骨の姿をした何かが姿を現す。まるでそれは死神を彷彿とさせる風貌で、手に持っていた巨大な鎌を躊躇無くこっちに向かって振り下ろしてきたのだ。

声が出ないくらいの恐怖に包まれた直後、その死神が手に何かを掴むと嘲笑うようにして空へと消えていってしまった。

「今の……な、に?」

急いた気持ちで話しかけたのに何故か返事が返ってこない。
そして自分を抱きしめている彼の体から力を感じないと思った瞬間、まるで私を擦り抜ける様にしてマッシュは倒れていった――。


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