EP.115
「おいら……もう平気だぞ!!!」

私の傍を笑いながら離れたガウの顔は、涙と鼻水でいっぱいだった。

「大変な事になってるよ…ガウ」
「なんだ?なにがだ??」
「おい、ユカ。お前の服もえらいことになってるぞ」
「―――え?」

マッシュに指摘されて自分の胸元を見てみると、本当に大惨事だった。とてもじゃないけど拭いてどうこうなるような雰囲気はなさそうだ。
とりあえずハンカチを取り出しガウの顔を綺麗にしてあげると、ニカっと笑ってこっちを見る。

「ありがとな!ユカ!」
「ううん。こちらこそ」
「それとな、それと!ユカっていいにおいするぞ。あったかいにおいだ!」
「え?そ、そうかな??」
「それにふにふにしてたぞ!ふにふにやわらかい!!」
「――な…っ……」

ケラケラと楽しそうに笑いながら、着ていたタキシードを脱ぎ捨て結局いつものスタイルになってフィールドを駆けていくガウ。
父親という存在に会い、それを幸せと話したガウの後を、服を拾いながら追いかけていった。

飛空挺へと戻る途中、マッシュは少しだけ低い声音でガウに辛い事をしてしまったのかもしれないと語り、大人げない事をしそうになったと話した。
でもそれはきっと、マッシュがガウに対して本気だったからこその行動の筈だから。

「あの時、私も悔しかった。描いてたような未来にならなくて…」

もっと素敵な親子の再会になると思ってた。
父親もきちんと普通に戻って、親子が共に過ごせるかもしれないって。
だけど、そうはならなかった。
だとしてもガウは今もこうして一緒にいる。

「大事な仲間だからマッシュも真剣だった。きっとガウもそれは分かってると思う」
「そうかな…」
「ガウがあの時、マッシュか父親の一方を責めたりしなかったのは、どっちも大事だからじゃないかなって」

自分達があの父親をいくら酷いと思っても、ガウにとっては父親で、真剣にどうにかしてあげようとしてたマッシュを悪いなんて思わない。
だから、気後れしてるマッシュの背中をポンと叩いて大丈夫って励ましてあげた。

「ガウと一緒に走ってくれば?スッキリするかもよ」
「一緒にするなよな」
「そう?じゃあ私が走ってくる」

ガウとマッシュの位置から中間地点くらいまで来ると、彼の方に振り返り大きく叫んだ。

「私が勝たせてもらう!!マッシュの負けだ!!」

勝手な事を言い放ち、私はガウの居る場所に向かって思いっきり走り出す。こんな安い挑発に乗るとは思わないけれど、それでも気持ちを吹き飛ばす為にやりたかったんだ。

何も考えず夢中で足を動かし前へと進んでいく。自分としては勝つ気満々で走っていたし、あれだけ距離があったら余裕だと思っていたのに、いつのまにかマッシュが自分の隣を走っていた。

「嘘でしょ!?!?」
「負けねぇ!!!!!!」

自分の予想を裏切り、尚且つ追い越して先に行くマッシュ。その時点で負けが確定しているから、到底太刀打ちできるものではなかった。

「ったく。遅せーぞ、ユカ」
「な…な、んで…。全然…ッ無理だっ…た」

ハアハアと肩で息をしながらしゃがみ込むと、ガウとマッシュは今度は飛空挺まで競争するぞと言い出す始末。
体力の違いをまざまざと感じながらフラフラになって走っていると、カイエンさんが自分の横をゆったりとした速さで並走する。

「あの2人と張り合うのは無謀というもの」
「だ、だけ、ど…」
「そんな気遣いをするユカ殿は素敵なオナゴでござる」
「え…!?」

優しい笑顔でそんな事を言いながら、結局カイエンさんも走って先に行ってしまう。
1人遅れて戻ってきて、項垂れるように飛空挺の手摺に掴まりながら階段を登り中へと入っていき、部屋のベッドに仰向けに倒れこむ。
乱れた呼吸をしながら疲労感と同時に、気持ちがちょっとスッキリしていた。

移動を開始する飛空挺の中で、ぐったりと過ごしていると、目的地に到着したのか揺れが収まりエンジン音が静かになっていった。

走った影響で滲んだ汗が気になって、どうせなら着替えも含めてシャワーに入ろうと部屋を出たらエドガーとルノアに会った。
これから何処かへ向かうようで、一緒にどうかと話を持ちかけられたけど、自分はそれを断ることにした。

2人を見送った後、シャワー室へ入り鍵を掛け上着を脱ごうと手を掛ける。
ガウの涙で濡れたその服を見て、自分がマッシュに泣きついた記憶が蘇えった。今考えてみても、よくあそこまで号泣したなって思うほどで、今更ながら恥ずかしくなる。

温いシャワーを浴びながら今日のガウの事やカイエンさんの事、それから他の皆の事を思い返してみる。皆それぞれ気持ちの清算をしているというか、自分ときちんと向き合っているなぁって思えた。

なのに、自分ときたらいつも誤魔化すような態度をとったり、折り合いを見つけて濁してばかりで進展も無い。
いや、むしろ後退したと言っても過言じゃない。フィガロ城でマッシュが召使いの人と楽しく仲良さそうに話してたってストラゴスさんが言ってたからだ。

「ただの友達?それとも…幼馴染?実は好きな人・・・とか」

勝手に想像して勝手に自爆して、頭を抱え込んでシャワーに打たれる自分。
分からない、聞かなきゃどうしようもない。
だけど聞いたとして、マッシュがもしも召使いの人を“好きな人なんだ”って言ったらどうすればいい?。反対に違うと言われたとしても、喜びから絶対に嬉しくなって顔が綻ぶに決まってる。

そうなれば、言うよりも易く自分の気持ちを悟られるだろう。

「だ、だめだ。出来…ない…!」

壁に頭を擦りつけ結局答えを出せないままシャワー室を後にする。体はスッキリしたのに気持ちはスッキリしない状態で、髪を乾かそうと甲板に出て行った。

タオルで拭きながら天然のドライヤーに髪を靡かせれば、何もしなくても勝手に乾いていく。だけど、一つ難点があるとすれば風のせいでスカートが棚引くことだろう。
ヒラヒラと揺れる部分を掴んで、行儀は悪いけれどぎゅっと縛り上げれば、これでもう大丈夫。

「・・・ユカ、何してんだ?」
「え?…うわッ!!マッシュ!?何でいるの!?」
「偶然だろ。というか髪乾かしにきただけだって」
「あ、なんだ。一緒だ」

気付けばいつも縛っている彼の髪が下ろされていた。やっぱり髪型が違うだけで印象は違って見えるし、実はこういうギャップも好きだったりもする。

「そういえば、昔から髪型って変わらないの?」
「・・・・・・」
「ねぇマッシュ」
「……んぁ?」
「んぁ?じゃなくて髪型。いつもそれくらいの長さなの?もっと長かった時とかある?」
「いや、長くてもこれくらいかな」
「へぇー。じゃあエドガーは?ずっと髪が長いの?髪を下ろしたらどうなるんだろ?」

普通に疑問だったから兄弟であるマッシュに聞いたんだけど、何というか雑な答えを返された。

「まぁ、長いんじゃないか」
「だからさ、女の人みたいに見えるとかさ」
「ないだろそんなの」

会話が終わってしまった。
しかもこんな歯切れの悪い状態で。
次に繋げる糸口も掴めずにマッシュを見てると、いきなり相手が溜息をついてくる。

「そういうの本人に聞けばいいんじゃねぇか?」
「どうして?」
「相手と話すキッカケになるだろ」
「いいよ、そんなの。そこまでの話じゃないし」
「じゃあ何で俺に聞くんだ?」
「だって、知ってるかなって。兄弟だから」
「…兄貴の事は兄貴に聞いてくれよ」

何だか自分が責められてるような気分になる。
別に話題の一つとして聞いただけなのに、どうしてこうなってしまうんだろう。
さっきまで仲良く過ごしてた筈なのに、何かがきっかけで一瞬にしてこんな事になるなんて。微妙な雰囲気になりかけているのに、マッシュは知ってか知らずか拍車を掛けるような事を私に聞いてくる。

「さっき兄貴が出かけたのに、何で行かなかったんだ……?」

まるでそれはデジャヴのようなやり取りで、以前にもこれと同じ事があったのを思い出す。ということは自分はあの時のまま相手に誤解され続けているんだと気付き、今回は何が何でも絶対に言うと決めた。

「邪魔になるだろうなって思ったから」
「何でだよ」
「そんな無粋な事出来ないもん」
「無粋ってどこが?」
「だって見れば分かるでしょ。エドガーはルノアの事好きなんだから」
「ぁあ!?」

まさかあの2人の雰囲気を見て、そんな事にも気付かないなんて相当鈍感だ。
エドガーがルノアを相手にしてる時と他の女性とでは、話し方も表情も空気感も全然違う。そう説明するのにマッシュの反応は物凄く薄かった。

「だ、だったら、どうするんだよ…お前」
「どうするも何もない」
「いや…だってよ!」

歯切れが悪すぎて鈍感すぎて全然分かってくれない相手にムっときたから、今こそハッキリと言ってやった。

「いやも何も無い!勘違いしてるのはマッシュでしょ!?」
「俺が!?」
「私は一度もエドガーを好きだなんて言ってない!」
「―――ッツ!?」
「前にも一緒に行けって言ってたよね。いつ、何処で、どう勘違いしたの??」
「でも、お前は!」
「エドガーは大事な仲間!特別な感情なんて持ってない!だって私には好きな人がい……ッ…」

ぴたりとそこで止まった言葉。
開いたままの口が塞がらなくて、まさかこんな事を言ってしまうなんて思いもしない。

重なったままの視線が外せなくて、なにも言ってくれない相手が恨めしくて、感情的な自分が憎らしい。目の前の人が好きなのに、その人に向かって好きな人がいるんですって公言してどうするの。

それでもエドガーじゃないって事だけは言えた。

「だから…ッ…勘違いで気を回すのは止めてっ!」

これ以上はどうすることも出来ないし、今の空気を修繕出来るだけの余力もない。フイッと体を向けて動揺してないフリをして、スタスタと飛空挺の中へと逃げ込んでいったんだ。

たかが勘違いを否定しただけ。
でも自分にとっては大きな一歩で、これで何かが変わる訳じゃないとしても、エドガーの事を彼が持ち出す事はなくなる筈だ。

だけど、マッシュは…どうして私がエドガーの事を好きだなんて勘違いしたんだろう。
私がいつもエドガーと話す内容は、全部マッシュの事を考えている時なのに・・・。

もしも今の勢いに乗じて、あなたを好きだと言ったなら……。
あなたは何て答えてくれただろうか。


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