EP.07
笑うだけ笑ってどうにかまともに話が出来るようになると、マッシュさんはこう言った。

「弱いモンスターだったから良かったけど、あんまり気を抜くなよ」
「モンスター…ですか」

怪物をモンスターって言うなら、ここはやっぱり外国なんだ。
日本に帰るまでは一体どれくらい時間が掛かるのかと考えたら少し頭が痛くなった。

「まぁ、コルツ山に登れるだけの実力があるんだから大丈夫だとは思うけどよ」
「え?」
「さっきは焚き木を取られない為に逃げてきたんだろ?」
「え、え?」
「声で威嚇するんじゃなくて氣で威圧するんだ。ユカもまだまだだな」
「いえ、そういう…」
「けどよ、“わっ”とかじゃなくて、もっと覇気のある言い方のほうが良くないか?」

うーんと唸るように考えはじめるマッシュさん。
事実が湾曲し、話が変な方向へと進んでいこうとする。
今はこんな事を話してる場合じゃない。
もっと大事な事を確認しなくてはならないのだから。

「マッシュさん、あの」
「ん?いいの思いついたか?」
「いえ、そうじゃなくて!あの、私の鞄を知りませんか!?」
「鞄…?」
「私が山で倒れてたって教えてくれましたよね。だからもしかしてそこに落ちてるかと思ったんです」
「いや、俺が見た限りでは近くに何も落ちてなかったんだ」
「そう………ですか」
「ごめんな。見つけられなくて」
「いいえ、そんな!マッシュさんが謝る必要ないです!」

だけど、まさかこんなにもあっさり望みが消えてしまうなんて考えてもなかった。これじゃあ誰にも連絡の取りようがない。どうやってここにいる事を伝えればいいのか。

「伝える……?伝える…。そ、そうだ…ッ」

なんて自分は馬鹿なんだろう。
自分のが無くたって方法ならある。
思いついた考えを相手に話す為、マッシュさんの太い腕を掴み強引に向き合った。

「あの!携帯持っていませんか!?電話でもいいです!!」
「ぅお!?どうしたいきなり!?」
「人と連絡が取りたいんです!だから」
「連絡か。それにさっきデン…何とかって言ったよな?」
「ありますか?!」
「つまりそれって伝書鳥の事だろ??」
「でん、書鳥……?」

鳥という事は伝書バトの類だろうか。
でも今の時代に鳥を使って手紙なんてするのかな。
いや、もしかしたらメールを送るためのソフトの名前かもしれない。

「それ貸してもらえませんか!今!」
「今?!無理だ、ここにはない。街まで行けばどうにかなるだろうけど」
「じゃあ、街はどこにあるんですか?」
「ここから南に行けばサウスフィガロの街が…っておい!何処行くんだよ!?」
「今からそこに行ってきます!」
「待てって。もう日没なんだぞ?」
「街に行ってくるだけですから」

歩き出す私の後をマッシュさんが慌てて追いかけてくる。隣に並んで歩きながら、確認するように同じ事を繰り返し聞いてきた。

「なぁ、ユカ。お前本気で言ってんのか?」
「勿論本気ですよ」
「悪い事は言わないから、今日は止めておけ」
「どうしたんですか?いきなり」
「いきなりとかそういう事じゃない。だからもう家に戻ろうぜ」
「ただ街に行くだけなのにそんなに心配するなんて、大げさ過ぎます」
「大袈裟なんかじゃなくて忠告してんだ」
「大丈夫ですよ。だから行って来ますね」
「ユカ、止まれ。これ以上進んだら危険だ!」
「心配しすぎですって」
「ユカ!!!」
「すぐ戻ってき」
「ッ早く避けろ!!後ろだ!!!」

「―――――…え?」

言われた言葉の意味を理解する時間が無い程、一瞬の出来事だった。薄暗くなった大地から現れた何かが自分の横を掠めていったのだ。

直後、感じた腕の違和感を確かめれば、鋭利なもので引っかかれたような傷が刻まれ、ジクジクと鈍く痛みだすそこから赤い液体が線のようになってタラタラと流れ始めていく。
状況が理解できず、訳が分からなくて痛みと同時に困惑する自分の目の前に、突然マッシュさんの背中が映りこんだ。

「今すぐ片付ける。だから少しだけ我慢してろよ!」

私が声もなく頷いたのを確認した彼は、瞬く間も無いほどに素早く目の前の敵を葬りさる。その後すぐにマッシュさんは私の腕の傷を布で押さえながら家の敷地まで戻っていった。


「間に合わなくて悪かった……」

心苦しい表情を浮かべながら話すマッシュさん。
だけど彼が謝るようなことじゃない。
そう言いたいのにうまく声が出てこなかった。

黙ってしまう私の前に差し出された青い小さな瓶。
どうすればいいのか分からなくて彼の方を見ると、“飲めば治るから”と短く言った。
教えられたまま青い瓶の蓋を外し、その中身を飲み込むと味わった事の無い風味にゴホゴホと咽てしまった。

「ちゃんと飲めたか?」
「…は、はい」
「よし、だったら大丈夫だな!」

マッシュさんは出血していた腕に当てていた布を拭うようにして外そうとする。だけど、あの傷の具合からして、そんな事をしたら痛いに決まってる。目を瞑りながら堪えるけれど、一向に痛みはやってこなかった。

「そんな顔する必要ないって。ほら」

ゆっくりと瞼を開き自分の腕を見てみれば、信じられない事に傷は跡形も無く消え去っていた。

「え.........?」

一体、どうして。
何で、どうして。

「治ってるの…?」

見てるだけでは信じられなくて恐る恐る指で触れれば、痛みも傷跡もない自分の腕がそこにあるだけ。怪我をした衝撃と、その傷が消えてしまった事実が頭の中をグルグルと回っていた。

街に向かおうとする私をマッシュさんが止めようとしていた理由・・・。
それを身をもって理解した上で、躊躇いながら彼の方を見ると視線は重なり合い、静かな沈黙が続いた。
きっと今まで噛み合っているとばかり思っていた話が、食い違っているんだとお互いが気付いたんだろう。

「……ユカ…お前」

マッシュさんの複雑そうな表情を見た時、ああ、本当に違うんだと悟った気がした。

人間が住むテリトリーを1歩出れば、力を使い倒さなければならない程の危険な存在がいるという事。動物という生易しいものではないそれは、私が住む世界には無かったものだ。

見た目の違い。
暮らしの違い。
感覚の違い。

その違いを単なる違いとして誤魔化してきたけれど、もう無理なんだ。

多分マッシュさんの中でも私に対して違和感があった筈で。だけど今の私と同じように、どこかでこじつけて違うことのないように合わせていたのかも知れない。

だたそれも、もう限界だ。

人に襲いかかってくるモンスター。
瞬時に傷を治してしまう薬。

これじゃあ、まるで。
まるで…。

ここはもう、私の知っている世界じゃないんだって、受け入れるしかなくなってしまった。


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