EP.05
「さっさと起きて働け」

大きな声と共にガタンと揺れたベッド。
驚いて飛び起きた私は、慌てて返事を返した。

「は、はいッ」

昨晩マッシュさんに言われた通り、私はバルガスさんによって叩き起こされたのだった。

「おいバルガス!朝からそういう事すんなって!」
「知るか」

朝一でケンカが出来る程テンションの高い2人。
お師匠様は、さして気にも留めずに朝からお茶を美味しそうに啜っていた。

とりあえず水を汲みに行かなくてはと、井戸の前に立ってはみるものの、昨日の不甲斐無い自分を思い出す。寝起きというのもあるし、出来る見込みは低かったけれど、やらなきゃいけないのは変わらない。

桶を井戸の中に落とせばパシャンと水に当たる音が木霊した。それを確認してから、あまり時間をかけずに綱を引っ張る。そうすれば汲み上げる量も減るから軽くなる筈だと思ったからだ。
朝から頭の冴えている自分に自画自賛しながら、どうにか汲み上げる事の出来た水。朝方の冷えた空気と相まって、冷たい水で顔を濡らせば寝ぼけた眼は完全に覚めた。

家の中に戻ったあと、何かをしようとするものの、朝食の段取りすら把握出来ていない自分はもっぱら補助役で、三人の生活スタイルに合わせて何とか動いている状態だった。
食事を終えた後は、男性達はおもむろに出掛ける支度を始め、準備を済ませると玄関へと向かって歩いて行き、ドアの前でこっちに向き直った。

「俺達は修行に行ってくるから。ユカは留守番頼むな」
「はい」
「おい、お前。風呂の用意しとけ」
「え、あ、はい…っ」

突然のバルガスさんからの命令。するとマッシュさんが私の昨晩の水汲みを知ってるだけあって、止めに入ろうとしていた。

「ユカには無り…」
「大丈夫です。やります」

そう公言した自分自身に驚いたが、マッシュさんの方がもっと驚いていた。もはやこれはバルガスさんに対しての対抗心の表れで、何かとつっかかってくる相手に負けたくなかったからだ。

「皆さんが帰ってくるまでに終わらせておきます」

大見得というか啖呵というか。博打に近いものがあったけれど、ここで成功させなくては絶対に馬鹿にされるのだけは分かってた。

「いってらっしゃい!」

手を振って三人を見送ってから、意気込んで腕まくりをする。
大体の準備の流れは出発する前にマッシュさんが教えてくれたから心配なかった。

「まずは、水を汲む。その後に薪で沸かせばいいんだよね」

取り敢えず、一番の大仕事でもある井戸からの水汲みを開始しよう。
朝に一度出来たから大丈夫、そう思って始めたのだが…。

「全然……溜まらない」

汲んで運んでを繰り返すけれど、未だに湯船の三分の一も到達していなかった。これじゃあ足湯にもならないレベル。もっとピッチをあげなきゃ間に合わないのは自分でも理解できたから、足早に井戸に行き水を上げて運んで流し入れてを繰り返す。

作業の途中で少しだけ休憩をしようと、切り株に腰を降ろしたら、体の一部に鈍い痛みを感じた。気になってその場所を見つめたら、綱を引いていた手の平が擦れて真っ赤になっていた。

「こんなに大変なんだ…」

もしここがいつも暮らしてたアパートなら、蛇口を捻れば水が出る。
スイッチを押せば温かいお湯だってすぐに出来る。
なのに今はこんなにも苦労していた。
だけど、無いものをねだったところでどうにもならないのも分かってる。

めげずに水汲みを再会したけど、綱を掴む手に段々と痛みが蓄積していった。タオルか何かで手を覆えば痛みも和らぐのに、そう思ってポケットの中を探すけどハンカチすらなかった。

「そういえば、私……何にも持ってない」

携帯もない。
お金も無い。
そもそもそれを入れてた鞄も無い。
今までの日常生活で使っていたもの全てが無い事に気付く。

もしかして倒れていたっていう山に落としたのだろうか?。
携帯があれば連絡を取れるし、ここの場所だって分かるはず。マッシュさんが帰ってきたら早速聞いてみよう、そう思って今を頑張ることにした。

「よし!」

一筋の希望があるだけで、やる気も出てくる。
大変だけど頑張ってお風呂の準備をやり遂げなくちゃいけない。

服の袖を引っ張り指先まで覆えば、痛みはさっきよりマシになる。時々休みながらそれでも汲み続けて、ようやくの思いで湯船に水を溜められた。

家のストーブから鉄製のバケツに火種を移し、お湯を沸かすための薪にそれを引火させる。たちこめる煙に咽ながら、空気を送ってどうにか燃え始めた薪。
それを見て、ようやく一息つける気がした。

近くに腰を降ろして大きくなっていく火を見つめていると、段々と辺りが温かくなってきて、疲れも重なり瞼が徐々に重くなっていく。

「・・・・・・・・・」

寝てしまいたい。
けど…それは駄目だ。
火の番をしてるんだから。
でもこのまま座っていたら本当に寝てしまいそうだった。

だから、目覚まし代わりに継ぎ足し用の薪を取ろうと立ち上がった時、ふと思った。

備蓄した薪じゃなくて私が自分で調達出来れば、ちょっとは役立てるかもしれない。
周りを見れば木に囲まれているし、少し奥に行けば見つかる筈だ。

良い考えだと思いながら、枝を取りに林の中へと足を踏み入れたのだった。


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