Love is blind. | ナノ
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▽ 羽をもがれた小鳥


目を開けるとそこは今までいた鳥籠の外だった。



“ライ”


朧気な記憶。ジンがいつだったか彼をそう呼んでいた。


彼に拾われた私は、どうやら泣きじゃくった挙句寝落ちしてしまったらしい。

そんな私を律儀にベッドに運んでくれたらしいあの男。かけられていた布団をから出て、リビングへと続くであろう扉を開ける。



「起きたのか」
「・・・・・・何で」
「ん?」
「何で連れてきたの?」


ローソファに腰掛けながら、ノートパソコンを触っていたライがこちらを振り返る。


そんな彼にぶつけた疑問。


ジンの隣にずっといた私を周りがどういう目で見ていたかくらい知っていた。


私が他の誰かと関わることを、ジンは良しとしなかったから。長い年月でちゃんと話したことがあるのは、ベルモットとウォッカくらい。


それ以外の組織の人間なんて、何人かの名前を耳にしたことがあるレベル。


ヘタに私に関わるとジンに睨まれるから。いつしかそんな噂がうまれたとベルモットが昔言っていた。そんな噂が広まるにつれて近付いてくる人はほとんどいなくなった。


あの時はそれでもよかった。


だって隣に・・・・・・、



そこまで考えて思考を止める。



「とりあえず座れ。話より怪我の手当が先だ」
「・・・・・・別にいい。これくらい平気」
「いいから来い」


立ち上がったライに腕を引かれ、そのままソファに座らされる。彼は近くに置いてあった救急箱らしき箱からガーゼと消毒液を取りだし目の前に座った。


ツン、とした消毒液の匂い。

ちくりと胸の奥が痛む。



「酷いな」

首に消毒液を染み込ませたガーゼをあてながら、ライは小さく呟いた。

僅かに顰められた彼の顔。そんなに今の私は酷いんだろうか。


ずっとこれが当たり前だったから。


その痛みすら、今は恋しくて愛おしいのだから。



「いつもなのか?」
「・・・・・・何が?」

彼の指が私の首をなぞる。おそらくそこにあるのは、ジンが残した痕。ジンとは違う指、その感触が不快で私は彼の手を掴んだ。



「いつもだったら何?悪いことなの?」
「いや、悪くはない。お前がそれでいいなら」
「・・・・・・っ、」


何かを見透かすような、彼によく似た緑色の瞳。思わず声が詰まる。


大きめの絆創膏を首に貼ると、今度は腕の噛み傷を消毒液し始める彼。


チクタクと、時を刻む時計の音だけが部屋に響く。



「帰らなくていいのか?あの男の所へ」
「・・・・・・」
「長く一緒にいたと、組織にいた頃に聞いた」


組織に“いた”。


過去形で語られたその言葉。



「・・・・・・貴方は今組織の人間じゃないの?」
「ジンに聞いていないのか?」
「あの人が私に組織のことを話すことはないから」


ただ隣にいた。それだけのこと。

長い時間一緒にいたんだ。

彼が属するあの組織がマトモなものじゃない事くらい分かっていた。


いつも彼には血の香りが付き纏っていたから。



「二年ほど前に組織を離れた」
「・・・・・・そう」
「元々潜入捜査であの組織にいたんだ。それがバレて、組織にいられなくなった」
「へぇ、そうなんだ」


淡々とそう語りながら私の手当を続けるライ。彼の言葉に驚きはなかった。潜入捜査、まぁありえない話じゃない。


むしろバレたのによく生きているものだとすら感心すらしてしまう。


ジンは裏切り者には敏感だから。

いつだったか彼の機嫌が悪かった日、組織に鼠が紛れ込んでいたのだとベルモットから聞いたことがあった。


その鼠が目の前の男なのかはわからないが、あの時のジンの様子を思い返せば目の前の彼が生きていることが不思議にすら思えた。



「お前は?」
「・・・・・・?」
「何故一人であんな所にいたんだ?」


それは至極真っ当な疑問。

腕に包帯を巻き終えたライは、消毒液やガーゼを箱の中に片付けながらそう尋ねた。




「・・・・・・・・・行くところがなかったから」


この数年、私の居場所はジンの隣だけだったから。

彼に手を離されると私は行く場所がない。



「自分で死ぬ勇気なんてない。かといってジンのいない世界を生きていたくもない。そんなこと考えながら歩いてたらあそこにいた」
「・・・・・・ほぅ、なるほど」
「心配しなくても貴方のことは誰にも話さないし、すぐ出ていくから」


話す相手もいないけれど。なんて心の中で呟きまた傷付いた自分がいた。


ライが私相手に素性を話した理由は分からない。きっと私一人どうにでもできるから、そんなところだろう。



「しばらくここにいればいい」

そんなことを考えていると耳に入ってきた彼の声。その言葉を理解するのに時間がかかった。



「・・・・・・は?何言ってるの?」
「一度拾った猫だ。このまま捨ててどこかで行き倒れにでもなられたら後味が悪いだろ」


小さく喉を鳴らしながら笑うライ。この男が何を考えているのか分からない。



潜入捜査。

ジンや組織と敵対する立場であろう彼が私のことをここに留める理由なんて一つしかない。



「・・・・・・何も知らないわよ。それに知ってても話さない」
「どういう意味だ?」
「組織のこともジンのことも、私は貴方に何も話さない。そもそも話せることもない」


そう思うとジンにとって私は何だったんだろうか。ただ傍にいただけ。日常に私がいなくてもあの人は何も変わらないのだろう。


彼の弱味にすらなれない私。一体何の価値があるのか。



「お前から何かを聞き出そうとは思っていない」

いつの間にか目の前に座っていたライが口を開く。


交わる視線。やっぱりこの人の瞳は嫌いだ。


思わず視線を逸らしそうになるけど、それも負けたような気がしてぐっと睨み返す。



「ただ興味があるだけだ」
「・・・・・・興味?」
「お前の目に映るあの男と、俺が知ってるあいつは違うらしいからな」
「何それ」
「あの冷血漢がずっと傍に置いていた女に興味が湧かない方がおかしいだろう?」


ふっと口元に笑みを浮かべたライ。どこか楽しげなその表情。


今までもジンの隣にいる私に興味を持つ人はいた。


狡猾。残酷。冷血漢。残虐。


周りから聞こえてくるジンに対するイメージなんてこんなものばかり。


近くにいたウォッカですら、彼の言動や機嫌一つでびくびくと怯えていることがあった。


物怖じせず彼に接していたのはベルモットくらいだろう。それでも彼のカンに触って銃を向けられていたことを見たこともあった。まぁあの人はそれでも笑っていたけれど。



私にとってあの人は神様だから。


誰よりも優しかった。そう話して信じてくれる人はいるんだろうか。


目の前の男の瞳越しに見え隠れするジンの存在が、また胸を締め付けた。

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