Love is blind. | ナノ
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▽ 追いかけてはくれない


ジンと出会って七度目の冬が来た。



最初は彼という人間が分からなくて、距離感が掴めなかった。


彼は手放しに優しい人でもなければ、口数が多いわけでもなかったから。


それでも季節が流れる度に、私達の距離は近付いていった。少なくとも私はそう思っていた。


この数年、誰よりも近くにいた。
他の誰よりも多くを許されていた。

現に私以外で、私のように近付く人間を彼は許さないから。


“特別”


自惚れていた。



彼は望めば与えてくれる。



たった一つ、私が一番望むもの以外は。






「・・・・・・ん・・・っ」

夜中、いつものようにベッドで一人眠っているとガチャ!と乱暴に開く扉の音で目が覚めた。


覚醒しきらない頭。重たい瞼を擦りながら目を開けると、ソファにコートを脱ぎ捨てるジンの姿。



あぁ、あれはきっと何かあったんだ。


共に過ごした短くはない時間。彼と機嫌が悪いことは、すぐに分かった。



「・・・・・・起きたのか」
「それだけ乱暴にドア開けたら目も覚めるよ」

上半身を起こしながらそう言って笑うと、ジンは舌打ちをする。癖のような彼の舌打ち。それに苛立つことはなくて、むしろ心地良さすら感じる。


つかつかとベッドの傍にやってきた彼。ぎゅっと掴まれた肩。そのまま私の身体はベッドに沈む。




「大好き」


今までに何度そう告げただろうか。

彼からその返事をもらったことは一度もない。


「・・・・・・んん・・・・ッ・・」


乱暴に塞がれた唇。甘い言葉なんか必要ない。彼の体温だけが私の全てだった。


「・・・っんぁ・・・」

自分から漏れるその声が恥ずかしくて右手で口を塞ごうとすると、その手を掴まれ頭の上に縫い付けられる。

そのまま彼の冷たい唇が私の首筋に触れる。


前触れもなく首筋に噛みつかれ、その痛みに声が漏れる。甘噛みのような優しいものではなくて、皮膚を裂くようなその痛み。




「・・・っ、いっ・・・んん・・・ッ!」
「・・・・・・うるせェ」


面倒くさそうに呟かれたその言葉も、じくじくと痛む首筋も、私の身体をなぞる冷たい手も。その全てが愛おしかった。


彼と身体を重ねるようになってどれくらいの月日が流れたんだろう。


堕ちる寸前まで絞められた首。苦しさと快感で歪む視界。霞のかかったような頭でそんなことを考える。


頭では分かっていた。


“普通”じゃないことは。


事後、身体中に残る噛み跡と鬱血痕。何度も意識を飛ばすことも、乱暴に欲をぶつけられることも。


ふわふわと浮上した意識。

乱暴に抱かれた身体のあちこちが痛かった。


隣を見ると、こちらに身体を向けたまま眠るジンの姿。


穏やかとはいえないけれど、無表情のその寝顔。小さく聞こえる寝息に自然と目尻が下がる。



「・・・・・・好き。大好き」

起こさないようにそう呟くと、そのまま彼の身体に顔を寄せる。


そっと腰に回した腕が振り払われることはなくて、とくんとくんと聞こえる心音。


たとえ彼がどんな人間であろうと、私にとって彼が光だった。







永遠なんてない。


その日は突然やって来た。



私にとってこの部屋とジンが世界の全てだった。窮屈に思ったことはなかった。むしろ外の世界は私を傷付けるから。


鳥籠のようなこの空間。唯一安心して呼吸ができる場所。




「・・・・・・・・・なんて言ったの?」

震える声。手先がどんどん温度を失っていく。


二人きりの部屋。いつもと変わらず私に欲をぶつけた後、ジンは煙草に火をつけながら口を開いた。



「・・・・・・出ていけ。そう言ったんだ。聞こえなかったのか?」

いつもと変わらないその低い声。目の前がぐらりと歪む。



「・・・っ、何で?私何かした?!」
「喚くな。うるせェ」
「いい子にするから!我儘も言わないし、何でも言うこと聞く!だから・・・っ、」


ぼろぼろと溢れる涙を拭うこともせず、わたしが彼に縋りついた。


そんな私の手を振り払うと、彼は咥えていた煙草を灰皿に押し付ける。


「何でも言うこと聞くってんなら、今すぐ出ていけ。これ以上言わせるな」
「・・・っ、」


出会ったときと同じ、ううん、あの頃よりも冷たいその瞳。


「・・・っ、殺してくれるって約束したじゃん・・・!」
「あ?」
「生きたいって思えたら、その時は俺がお前を殺してやるって!そう言ってくれたのに・・・っ・・・」


傍にいたい。そう願っただけ。
どんなにその心を欲しても、貴方がそれをくれないことは分かっていたから。


今のままでよかった。
誰よりも近くにいられたらそれで幸せだった。


貴方にならどんなに傷付けられてもよかった。


たとえ殺されたって、私はその腕の中で笑っていられただろう。



「・・・・・死にたきゃここじゃねェ所で一人で逝くんだな」


その言葉で自分の中でぷつりと何かが切れた。


ゆるゆると立ち上がった私は、ハンガーラックにかけてあったコートを羽織るとそのまま外へと続くドアに向かった。


背後でジンが立ち上がる気配がした。


引き止めてくれる。そんな淡い期待はすぐに打ち砕かれる。


彼は財布から少なくはないお札を取り出すと私の方にそれを突き出した。



「餞別だ」
「・・・・・・っ、馬鹿にしないで」


ぱんっとその手を叩くと、ひらひらと札が宙を舞う。


私が彼にこんな態度をとったのは、初めてのことだった。


そのまま勢いよく飛び出した私を、ジンが追いかけてくることはなかった。

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