Love is blind. | ナノ
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▽ 今日という日の意味


家に帰るとそこになまえの姿はなかった。


彼女がここに来てから自発的に外に出るのは初めてのこと。1人でどこかに出かけること自体は問題ない。ただアイツが1人で彷徨くには少し時間が遅すぎる。


携帯を持たせておくべきだった、と少し後悔しながら再び家を出た。


彼女の性格的に1人で遠くまで行くとは思えない。


家の近所を中心になまえを探していると、自販機の隣で蹲る影を見つけた。



「なまえ」

蹲る彼女の前に腰を下ろしながら声をかけてみるけれと、返事が返ってくることはなく彼女の大きな瞳は真っ黒で何も映すことはない。


どこか虚ろで、ただ地面を見つめるなまえ。その隣には買い物らしきスーパーの袋が無造作に置かれていた。


辺りに人の気配はない。


「なまえ、帰るぞ。こんなところにずっといたら風邪をひく」


立ち上がる素振りすら見せないなまえ。小さくため息をつくと、彼女の隣にあったスーパーの袋を持ちそのまま彼女の腕を引いた。


されるがまま、とはまさにこの事だろう。


何も言わず家まで帰ってくると、なまえはラグの上にぺたりと座り込む。


スーパーの袋を机の上に置くと、そのまま彼女の前に腰を下ろした。



「なまえ」
「・・・・・・、」
「俺を見ろ、なまえ」


俯いていた顔にそっと手を当て、顔を上げさせる。光のない瞳は、たしかに俺を映しているのに彼女の心はここにない。


コイツがこうなる原因なんて、ひとつしかないだろう。




「・・・・・・ジンに会ったのか?」
「っ、」


その名前に揺れる瞳。初めて見せた反応に、やはりなと心の中で呟く。


奴らとたまたま会う可能性だってゼロじゃない。1人で買い物に行った帰りにでも、奴に会ったんだろう。


なまえの身体に目立った怪我はない。何かをされたわけではないんだろう。



「・・・・・・いらないって」
「何?」
「いらないって言われたの・・・っ・・・、振り返りもしてくれなかった・・・!あの日・・・っ、助けたつもりはないって・・・っ・・・!?」


感情が爆発したかのように、嗚咽混じりに叫ぶなまえ。震える小さな手は俺のシャツの胸元を掴み、その両目からは涙が溢れる。


彼女の言うあの日≠ェいつのことなのか、俺は知らない。


けれどジンのその言葉は、彼女の心を容赦なく抉ったらしい。



なまえはまるで張り詰めていた糸が切れたかのように、泣きじゃくる。



組織にいた頃、何度か聞いたことのある噂。



ジンには大切に囲っている女がいる



組織のメンバーというわけではない。けれど彼女のことはボスも認識していて、その存在を容認していると。


大切に、の定義が普通の人間とは違うのだろう。ボロボロの状態だったなまえを見れば、どういう扱いをされていたのかは想像がついた。


それでもあの男が何年も傍に置いていた女。


それなりの感情はあったはずだ。



なのに何故、今になって手放したんだ?





「・・・・・・ジンに必要とされないなら、もう生きていたくない・・・」


まるで壊れた人形のように、抑揚のない声でぽつりと呟いたなまえ。


彼女にとって、生きる意味の全てがあの男だったんだろう。



そこまで心酔するに値するだけの理由。


気にならないわけがない。


けれど今は目の前で虚ろな目をしたなまえを、どうにも放っておけなくて。




「少なくとも今の俺にはお前が必要だ」
「・・・・・・っ、」


シャツを掴む手に力が入る。睨むように俺を見上げたなまえと視線が交わる。



いい加減なことを言うなとでも言いたげなその瞳。




「腹が減ったんだ。飯、何か作ろうとしてくれたんじゃなかったのか?」
「・・・・・・は?」
「ふっ、お前が料理できるなんて意外だな」



食事に無関心な彼女。スーパーの袋の中に入った食材。少し考えれば、外に出た理由はすぐに分かった。



毒気を抜かれたみたいなきょとんとした顔に、思わず笑みがこぼれた。


スーパーの袋を指させば、なまえはどこか気まずそうに目を逸らす。



「何それ、ご飯作って欲しいだけじゃん」
「今日を生きる理由なんて、それで十分だろう」



明日、お前が生きたいと思えるほどの言葉を今の俺は持ち合わせていないから。



明日生きる理由は、また明日探せばいい。



「・・・・・・変な人だよね、秀一って」
「そうか?」
「うん、ムカつくくらいに変」
「ふっ、褒め言葉として受け取っておくよ」



彼女はシャツから手を離すと、頬に残っていた涙の跡を拭う。

少しだけ光を取り戻したその瞳は、不機嫌さを隠そうともしない。なかなか懐かせるのは難儀だな、なんて心の中で呟く。


不思議とそれを煩わしいと思うことはなくて、むしろ・・・・・・




「絆される、というのはこういう感情なのかもしれないな」
「何か言った?」
「・・・・・・いや、何も。何か手伝うことはあるか?」
「いい。自分でできる」


キッチンに立つなまえは、スーパーの袋から食材を取りだしながらちらりとこちらに視線を向ける。


けれどそれは一瞬で、すぐにふいっと顔を背けた。



興味、そして少しの情。


初めはそれだけだった。



あまりに不安定で、1人にさせるには心もとない。


ジンのいない世界に未練なんてないと言わんばかりに、今でも彼女の生きる理由はあの男でしかないことが何故か少しだけ腹立たしくて。



古傷を逆撫でされるような不快感。



━━━・・・・・・・・・ その感情の名前なんて、俺は知らない。

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