Love is blind. | ナノ
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▽ 与えられるということ


無愛想で何を考えているか分からない男。


私のライへの第一印象は、決していいとはいえないものだった。


まぁ今思えばあの頃の私は、ジンしか見えていなかったから愛想の悪さならいい勝負だっただろう。


赤井秀一という男は、よく分からない人だった。


彼は馬鹿じゃない。私を拾うリスクだって理解した上で、私のことを“守る”とそう約束したのだ。


約束なんてなんの価値もない。破ろうと思えば簡単に破れるもの。けれど目の前の彼がそれを違えるとはどうにも思えなくて。


ジンのいない世界を生きたいと思える、そんな日がくるとは思えなかったけれど。


もしも、本当にもしも、そんな日がきたら。


一瞬だけ、そんなことを考えた自分がいた気がしたんだ。






それはライこと秀一との生活が始まって数日が過ぎた日のことだった。


彼の生活リズムはとても不規則で、深夜に帰ってくることも多々あった。


一方私はというと、外に出てもいいとは言われていたが一人で出かける気になんてなれるわけもなくてただの引きこもり状態。


ぼーっとテレビを見たり、部屋の掃除をしてみたり、それなりに時間を潰しながら生活をしていた。


秀一に拾われたあの日から、彼がジンや組織について私に尋ねることは一度としてなかった。何故私をここにおいてくれるのか。ますますその理由が分からなかった。



「そろそろ寝ろよ」

リビングで本を読んでいた私に、何やらパソコンを操作していた彼が声をかける。時計を見ると既に十二時をまたいでいた。


「秀一はまだ寝ないの?」
「あと少ししたら寝る。これだけ終わらせたいんだ」

トントンとパソコンの画面を叩く彼。その画面にはずらりと英語や数字が並んでいて、私には全く理解できないものだった。


本を置いた私は彼の言葉に従って寝室へと向かう。


一人で眠るには少しだけ広いこのベッド。彼が使っていたであろうそれは、いつしか私が眠る場所になっていた。


そう、いつも彼はリビングのソファで眠るのだ。


ぼんやりとしたオレンジ色の常夜灯に照らされた部屋。物が少なく整頓されたこの部屋は、実に彼らしい。



「・・・・・・いいのかな」

ベッドに入ってからどれくらいが経ったのだろうか。一向にこない睡魔。そのせいで色々と考えてしまう。


ぽつりと呟いた言葉にもちろん返事はなくて。


このままここにいていいのだろうか。

少なくとも今の私は彼のおかげでこうしてなに不自由なく暮らせている。


あそこで秀一に拾われてなければ、今頃もしかしたら彼の言うように警察のお世話になっていたかもしれない。


ジンの庇護下から離れた今、こうしていられるのは彼のおかげなのだ。


色々な不安があった。ただ彼の負担にしかなっていないであろう現状。そしてここにいることがもし組織にバレて、彼に不利益があったら。なんて最初には考えもしなかったことすら頭に過ぎる。


私は体を起こすと、そのままそっとリビングの扉を開けた。


寝室と同じ常夜灯に照らされたリビング。ソファに寝転んでいた秀一が体を起こした。



「眠れないのか?」

私を視界にとらえた彼は、少し掠れた低い声でそう尋ねた。


私はそれに返事をすることなくソファに近付き、そのままラグの上にぺたりと腰をおろした。



「なまえ?」

私に向き直るようにソファに座り直した秀一が私の名前を呼ぶ。当たり前だけど、それはジンとは違う声で。

部屋の明かりのせいでいつもは見える彼の緑色の瞳が今日は見えなかった。



「・・・・・・何で」
「ん?」
「なんで何も聞かないの」

もし彼が私に組織のことやジンのことを聞いたのなら、私をここに置く理由が分かるから。

けれど目の前のこの男はそれをしない。


ただ私に居場所を与えてくれるだけ。


無条件に与えられることに慣れていない私からすれば、それは理解し難いことで。


だって人間は欲深い生き物だから。


優しくするのには理由がある。

居場所を与えることにも。


私の人生でそうじゃなかったのは、たった一人だけ・・・・・・。



「少し待ってろ」

彼はそう言うと立ち上がり、キッチンへと向かった。そしてしばらくすると手にマグカップとロックグラスを持って戻ってくる。


「ほら、とりあえず飲め」
「・・・・・・お酒?」
「ただのミルクティーだ」

マグカップからふわりと香ったのは優しいミルクの香り。一瞬匂ったお酒の香りは彼の持つロックグラスの方からだったらしい。


ほら、まただ。


きっと疲れているはずなのに。

眠っているところを起こされても、彼は怒ることすらしない。


与えられる。ということは、こんなに不安になるものなんだろうか。


受け取ったミルクティーを口に運ぶと、柔らかい甘さが口の中に広がる。



「何がそんなに不安なんだ」
「・・・っ、」
「最初に話した通り、お前から組織やジンのことを聞くつもりはない。ただここに置くことにしたのは、俺がお前に興味があるからだ」


カランっと彼の持っていたロックグラスの中の氷が鳴る。薄暗い部屋の中で、彼の言葉の意味を考える。


“男”が“女”に向ける興味なんて、私が知る限り一つしかない。


あぁ、今思えばジンもそうだったんだろうか。


あの時はたしかに彼の優しさがそこにあると信じて疑っていなかったから。けれどもしかしたら・・・・・・、と考えて思考を止める。


それならそれでいい。

目の前の彼の言う“興味”がそれならば理由が見つかるから。


私はマグカップを机に置くと、そのまま立ち上がり彼の片膝の上に跨った。



「・・・・・・何のつもりだ?」

さっきより少しだけ低い秀一の声。彼は持っていたグラスを私のマグカップの隣に置いた。


「ヤリたいだけ。それならそう言ってくれた方がいい」
「ほう。それでお前はどうするんだ?」
「別にどうもしない。私をここに置く理由がそれなら断る理由はないから」


私の顔は世間一般から見れば整っていると、さすがにこの歳になれば自分でも分かっていた。


それを目的として寄ってくる人間がいることも・・・・・・。


それを思い出すと込み上げてくる吐き気。どうにかそれを抑えようとぐっと目を閉じた。



「・・・っ、」

その時、私の頬に触れたのは少しだけ冷たい秀一の手だった。

自分の意に反してびくりと跳ねた肩。


やっぱり、なんて少しだけ胸の奥が痛む気がしたのはきっと気のせいだ。



けれどどれくらい待っても彼がそれ以上私に触れることはなくて。おそるおそる目を開ける。


至近距離で交わる瞳。自分でその距離をつめたのに、思わず視線を逸らしそうになる。けれど頬に添えられた彼の手がそれを許してはくれなかった。



「理由なんてない」
「・・・・・・え?」
「ただ放っておけなかった、それだけだ」

部屋の薄暗さになれたせいか、さっきまでよりもはっきりと彼の顔が見える。



「それに一度した約束を違えるつもりもない。ただお前は自分が生きたいように生きてみればいい」
「っ、」
「それにお前一人拾ったくらいで俺は何も困らないからな」

私の心の中の不安を見透かすようにそう言うと小さく笑う彼。


秀一が笑うところを見たのは初めてだった。

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