宝物のキミへ | ナノ
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▽ その気持ちに名前を



なまえを松田の家まで送り、一人きりになった部屋。


テレビもつけていない部屋に響くのは時間を刻む時計の針の音だけだった。



「・・・・・・長かったなぁ、今日まで」

そんな独り言が部屋の静けさに溶けて消えていく。


ずっと遠回りをしてきたなまえと松田。


きっと松田はなまえの話を信じるだろう。なまえの弱さや不安定さを受け入れる度量だってある奴だ。


もう何年も前から、あの二人は結ばれる運命だったんだ。


「・・・・・・っ、なに傷ついてんだよ、馬鹿だろ、俺・・・・・」

言い表せないこの胸の痛みに苛立ちすら覚えてしまう。


元々想い合っていた二人の間に勝手に割って入ろうとして、傷付くなんて身勝手もいいところだ。



その時、部屋のチャイムが部屋に響く。


モニターに映るのは、少し前までこの部屋にいたなまえの姿。


松田と何かあったのか・・・?

俺はエントランスの鍵を解除すると、そのまま玄関に向かった。


玄関を開けるとそこにはなまえが一人で立っていた。


「なまえ、何かあったのか?陣平ちゃんは?」

思い詰めたようななまえの表情。心配にならないわけがなくて、腕を引き部屋に入れる。



「コーヒーでいい?今紅茶切らしててさ」
「・・・っ、うん。ありがと」
「とりあえず向こう座ってて」

ソファになまえを座らせ、キッチンでコーヒーを用意する。


その間もなまえの表情は優れなくて。


マグカップを両手に持ち彼女の隣に腰掛ける。


いつもより少しだけ間の空いた俺達の距離。自分でやったそれにまたずきりと痛む胸。




「陣平ちゃんと何かあったのか?」
「・・・え?」
「話したんだろ?全部。あいつがお前の話を信じないとは思えないし・・・・・」
「・・・・・・っ、研ちゃんあのね・・・」
「変な意地張って、話できなかったとか?」
「っ、違うの・・・」
「陣平ちゃんもガキだからなぁ」


松田と何かあったんだろう。


なまえがそんな顔をする理由なんてそれしか思いつかなくて。

きっと素直じゃない二人のことだ。些細なことで揉めたのかもしれない。


昔からよくあっただろ。

陣平ちゃんがいじめた!と、よく俺に泣きついてきたなまえ。


今回もそうだろう。

じゃないとここになまえが来るわけない。


聞いてやらなきゃ、そう思うのに結ばれたであろう二人の話を聞きたくないと思う自分がいて。なまえの言葉を遮ってしまう。


そんな俺に痺れを切らしたのか、なまえが俺の腕を掴んだ。


二度と触れることがないと思っていたその体温に、らしくもなく体に力が入る。



「・・・・・・っ、ごめん、なまえ。今日ばっかりは、陣平ちゃんとのこと聞いてやれねぇかも」
「っ、」
「明日になったら大丈夫だから。今日だけは・・・・・・っ、ごめんな」


クソっ、何言ってんだよ、俺。

心の中で自分自身に舌打ちをする。



なまえが望むなら聞いてやりたいし、俺がどうにかできることなら助けてやりたいのに。


どうしても今だけはなまえの口から松田の名前を聞きたくないと思ってしまう。


そんな胸の内を悟られたくなくて、俺はなまえの腕を解くとくしゃくしゃと自分の髪を乱した。



「・・・・・・クソっ。かっこ悪ぃな、俺」

せめて頼れる兄貴でありたいと思うのに・・・。


こんなダサい姿を見られたくなくて、右手で顔を隠した。


そんな俺にぎゅっと抱き着くなまえ。腰に回された腕、小さなその手は少しだけ震えていた。


「・・・・・っ、さすがにストップ。今それは駄目だわ」

今まで何度もこうして触れ合うことはあった。けれど今は違う。受け入れていいわけがない。


けどなまえの腕を俺が振り払えるはずがなくて。そっとその腕に触れた。


何も言わずに俺の腕に顔を埋めるなまえ。




「・・・・・・なまえ・・・。ホント何があったんだよ」

松田と揉めたにしてもここまで取り乱すなんて、一体何があったんだ・・・?


考えても分からない。


今から松田に連絡して聞くべきか?

いや、揉めた理由も分からねぇのにそれは駄目だろ。


あれや、これやと考えを巡らせていたけれど、なまえの言葉一つでそれはぴたりと止まる。






















「・・・・・・・・・好き」


小さな声、けれどはっきりと紡がれたその言葉に時が止まった。


不安げにゆらゆらと揺れるなまえの瞳と視線が交わる。



「・・・・・・都合いいって思われるかもしれない。信じてもらえないかもしれない。・・・・・・っ、それでも研ちゃんのことが好きなの・・・っ・・・」


夢でも見ているんだろうか。


目の前の彼女は現実なんだろうか。




「・・・・・・・・・研ちゃん・・・?」

不安げに俺の名前を呼ぶなまえ。

それはたしかに現実で。



「・・・・・・本気で言ってんの?」

らしくもなく声が震えた。

だってそうだろ?そんなことありえない。




「っ、本気だよ・・・。さっき陣平ちゃんに会ってちゃんと話してきた。私が好きなのは、研ちゃんだって・・・・・・っ・・・!!」


最後までその言葉を聞く前に、気が付くと俺はなまえの体を思いっきり抱き寄せていた。


腕の中におさまるなまえは、夢なんかじゃなくて。その温もりも匂いも震えすらも現実だった。



「・・・・・・何これ、夢?夢なら覚めて欲しくねぇんだけど」
「夢じゃない。私は研ちゃんが好きなの」
「っ、」


何度も、


何度も、


何度も望んだその言葉。


望むべきじゃない。

そう思っていても、本当は喉から手が出るほど欲しかったなまえの気持ち。





「研ちゃんの隣にいたい。お兄ちゃんなんて思ってない。一人の男の人として・・・、研ちゃんが好き」

腕の力を緩めると、至近距離で交わる俺達の視線。


真っ直ぐにこちらを見るなまえの瞳に映るのは、間違いなく俺だった。


なまえの手が俺の頬に触れる。その手に震える自分の手を重ねる。




「・・・・・・俺でいいの?今ならまだ間に合うよ」
「研ちゃんじゃなきゃ嫌なの」
「っ、同情とか申し訳なさとかそういうのなら・・・っ」
「っ、違うもん・・・!そんな気持ちでこんなこと言ったりしない。研ちゃんが・・・っ、研ちゃんのことが好きなんだもん・・・っ・・・!」


叫ぶようにそう言ったなまえ。



「・・・・・・どうしよ、俺最低かも」

頭を過ぎるのは、きっと今頃一人でぶつけようのない感情と戦っているであろう幼馴染みの姿。


「・・・え?」
「松田の気持ち考えたらこんなこと思っていいはずないのに。・・・・・・すげぇ嬉しいって思っちまう」


それでもこの気持ちはどうしようもなくて。


なまえの瞳から一粒の涙が溢れた。



「大好きだった、なんて過去形にできるわけなかった。ホントはずっと俺の事を見て欲しかった。松田のことで悩むお前を見る度に、俺を選んで欲しいって思わずにはいられなかった」

俺だけを見て欲しい。

それはガキの頃から何度も押し殺してきた感情だった。


「っ、」
「二人に幸せになって欲しい。その気持ちに嘘はなかったから・・・。ずっと望まないようにしてた」
「・・・・・・研ちゃん・・・」
「もう離してやれない。離したくない」


一度手に入れたそれを離してやれるほど俺は大人じゃない。


きつく、きつく、その身体を抱き締める。


「好きだ。ずっとずっと昔から・・・・・・、なまえだけが俺にとって特別なたった一人の女の子だった」
「っ、」
「世界中の誰より幸せにする。・・・・・・俺を選んでくれてありがとう・・・っ」


本当は他の奴になんて渡したくなかった。


たとえそれが松田だったとしても。


この手で幸せにしてやりたかったから。


でもそれを望めばなまえを苦しめることになる。


だから必死に諦めようとした。


でもそんなことできるわけもなくて、ずっと胸の奥に強く根付いたこの感情は消えてくれなかった。


それを素直を認めることができることがこんなに幸せなんだと、俺は初めて知った。

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