宝物のキミへ | ナノ
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▽ 濡れた袖と隠れた気持ち



後回しにしていた書類仕事に追われ、気がつくと時計は23時を過ぎたところ。


ポキポキと首を鳴らしながら欠伸をする。


一段落がついたので荷物をまとめると、周りの奴らに一声かけ車へと向かう。


そういえばなまえの奴、大学の飲み会って言ってたっけ。

終電までには解散するって言ってたしそろそろ帰る頃か。


俺は携帯を取り出すとなまえに電話をかけた。



『・・・っ、もしもし?』

コール音が途切れ、なまえの声がする。


「もしもし、お疲れ!今日飲み会って言ってたろ?俺仕事終わったから迎えに・・・・って、何かあったのか?」

がやがやとした喧騒に混じるその声は少しだけ震えていて。何かあったということはすぐに分かった。


「今どこ?すぐ行くから場所だけ教えて」
『・・・っ・・・』

黙りこくったままのなまえ。涙を堪えたような嗚咽だけが聞こえてくる。

車に乗った俺は乱暴にキーを回すとエンジンをかける。


「なまえ。大丈夫だから。どこにいるんだ?」
『・・・・・・駅前・・・っ・・・。タクシー乗り場の近く』
「分かった。人多いところで待ってて。すぐ行く」

そう言うと電話を切りアクセルを踏む。


あいつがあんな風に取り乱すのは、十中八九陣平ちゃん絡みだろう。


そこまで考えれば俺に対して変な遠慮をして黙り込んだあいつの行動にも納得ができて。法定速度ギリギリを保ちながら駅前へと急ぐ。


駅前の駐車場に車を停めると、そのままタクシー乗り場の方へと走った。


そして見つけたなまえの姿。道の端で小さくなって座り込む姿を見つけ近付く。



「なまえ!」

俯くなまえの前に立ち名前を呼ぶと、はっと上げられたその瞳には涙が滲んでいた。


「・・・・・・研ちゃん・・・っ・・・、ごめ・・・ん・・・っ」
「謝んな。とりあえず立てるか?」

道行く人の好奇の視線になまえが晒されるのが嫌で、その腕を引き立ち上がらせる。



「向こうに車停めてるから。行くぞ」
「・・・・・・うん・・・」

そのままなまえの手を引き車へと向かう。

俺より少し温度の低い小さな手。ぎゅっと力をこめるとなまえの手にも力が入る。それが何だかいじらしく思えて、くしゃりとなまえの頭を撫でた。


思えばこんな風に道端で泣くこいつを迎えに来るのは、あの時ぶりだ。


何故かそれが懐かしく思えて、ふっと笑みがこぼれた。



「なんかあの日のこと思い出すな」
「・・・・・・あのとき?」
「陣平ちゃんに彼女できて、ヤケクソになってたなまえを迎えに行った日」

あの時も今も、お前がこうして泣くのは松田のことだから。



「陣平ちゃん絡みだろ、今日も」
「・・・・・・」
「俺に頼るなんて・・・とか考えてる?」

黙り込んで涙を堪えるその姿を見れば、なまえが考えていることなんて手に取るように分かった。

あんな話をした手前、俺に松田のことで泣きつくことができるわけない。なんてくだらないことを考えているんだろう。


俺の言葉が図星だったのか、びくりと跳ねたその小さな肩。



「優しいよな、お前はホント」
「・・・・・・っ、優しくなんか・・・」
「優しいよ。今だって自分が傷付いてるのに、俺の気持ち考えてるんだろ?」

傷つかない。そう言ってしまえば嘘になるのかもしれない。


でも俺からしてみればお前が一人で泣く方が何倍も辛い。


そんなことを考えていると駐車場のライトが見えてくる。


助手席のドアを開けなまえを座らせる。繋がれていた手が自然と離れ、空っぽになったその手が少しだけ寂しく思えた。



「なまえがどれだけ陣平ちゃんのこと好きかなんて誰より知ってるよ。だから気にしなくていい」
「・・・・・・っ、」
「俺はなまえが一人で泣くことが一番嫌だから。辛い時はいつでも頼って欲しい。てか頼ってこい」


ずっと誰より近くで二人を見てきたんだ。お前らの気持ちは一番分かっているつもりだった。


走り出した車の中で、ぽつり、またぽつりと心の中を語り始めたなまえ。



「・・・・・・自分でもわかんない。やっぱり決められた未来ってあるんだなって思ったの」
「決められた未来・・・・・・ね」
「陣平ちゃんが選ぶのは佐藤刑事。それが正解なんだよ」
「なまえはそれでいいの?」
「・・・・・・」

なまえが考えるのはいつもそれだ。

決められた未来なんて、そんなことあるわけがない。


無数の選択肢の中で、小さな選択の積み重ねこそが未来だと思うから。


黙り込んだなまえ。俺は返事を待つことなく言葉を続けた。



「相手の気持ちばっかり考えなくていい。少しだけでいい、自分の心に素直になれ」
「・・・・・・素直に・・・」
「俺がどう思うかとか、陣平ちゃんの幸せとか、そんなこと二の次でいいんだよ。なまえが幸せだと思える選択をすればいい」

少なくとも俺も松田も、お前が幸せだと思う選択をしたのなら責めることも悔いることもないはずだから。


そんな話をしているとマンションに着き、駐車場に車を停めエレベーターに乗る。手を引いているその間もなまえは黙ったままで、その小さな背中でどれだけ重いものを背負い込んでいるんだろうか。


どうすればお前は心から自分の幸せを願えるんだ?


素直に欲しいものを欲しいと、お前が望めるようになるまでは俺が守ると約束したから。


なまえが一歩前に進めるように。


そんなことを考えていると、少し前にいたなまえ腕を引き、後ろから抱き締めていた。


何の抵抗もせずにすっぽりと腕の中におさまるなまえ。部屋に響く時計の針の音がいつもより大きく聞こえる。


できるのならこの腕の中にずっといて欲しい。そうすれば泣かせたりしない。絶対に守ってやる。けれどお前はそれを望みはしないだろうから。


だったら俺がしてやれるのは・・・・・・、




「松田と話して来い。すぐにじゃなくてもいいから、あいつの気持ちをちゃんと聞いてやれ。未来がどうとか、相応しい人とか、そんなこと考えなくていい。あいつの今の気持ちと向き合ってくるんだ」


松田の気持ちは、間違いなく“本物”だから。



「なまえと松田の幸せが俺の幸せなんだよ」

・・・・・・この気持ちも間違いなく本物のはずだから。



なまえの震える手が俺の腕に触れる。そこから伝わってくるのは、戸惑いや不安、そして俺に対する申し訳なさ。

自分のことでいっぱいいっぱいのはずなのに、俺の事を考えているであろうその姿に自然と目尻が下がる。


抱き締めていた腕に力が入る。


「二人は俺にとって宝物だから。いつも笑っててほしい」
「・・・・・・っ・・・、研ちゃんも私にとって大切な人なんだよ・・・っ・・・」
「ははっ、知ってるよ」


お前が俺や松田をどれくらい大切に思ってるかなんて痛いくらいに分かってる。

嗚咽混じりで話すなまえの瞳から溢れた涙が俺の袖を濡らす。



泣かなくていい。

笑っていて欲しい。



心の奥から聞こえるもう一つの自分の声だけは、聞こえないふりをした。

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