宝物のキミへ | ナノ
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▽ 天秤にかけよう



何かをする気にもなれなくてベッドに横になっているうちに、気が付くと眠ってしまっていたようだ。


時計を見るとなまえ達と別れてから二時間ほどが経っていた。


きっと松田はなまえに改めて気持ちを伝えたんだろう。


どうなったのか、気にならないわけがなかった。


そのとき、ガチャりとノックもなしに部屋の扉が開く。



「・・・・・・よう。寝てたか?」

少しだけ気まずそうに扉の前に立つのは、さっきまで頭を占めていた半分だった。



「さっき起きたとこ」
「入っていいか?」
「ははっ、いつもそんなこと聞かねぇくせに」

らしくない陣平ちゃんの物言いに思わずこぼれた笑い声。


こういうところが素直で可愛いんだよな、こいつ。


大切な親友。・・・・・・嫌いになんてなれるわけがなかった。




ソファに腰掛けた陣平ちゃんは、ポケットから煙草を取り出すとライターで火をつける。


ゆるゆると吐き出された白い煙が部屋に熔けていく。



「フラれたわ、俺」

少しの沈黙の後、松田はぽつりとそう呟いた。


「泣かせたかったわけじゃないのに。気が付いたらあいつ泣いてた」
「・・・・・・そうか」
「幼馴染みとして大切なんだと、俺のこと。だからその関係を壊したくないって」


こんな風に松田が誰かに弱みを見せるなんて今までなかったことだった。

それほどまでにこいつも堪えているということ。


そんな松田を見てなまえがなんとも思わないわけがない。それでもあいつは、気持ちを受け入れようとはしなかったのだ。


「・・・・・・頑固だな、ホントに」

小さくこぼれたそんな言葉は松田の耳には届かなかったようだった。



「ただの幼馴染みになんて今更無理だろ」
「二度と会えなくなるよりマシじゃないか?」
「・・・・・・お前は平気なのかよ」
「俺?」


好きな気持ちを押し殺すことの辛さは分かる。でも会えなくなるなんて考えられなかったから。

松田はくるりと振り返り、咥えていた煙草を灰皿に押付けながら口を開いた。



「なまえのこと好きなんだろ、お前も」

面と向かってそう断言されたのは初めてだった。


「・・・・・・好きだよ、なまえもお前も」
「っ、ふざけてんじゃねぇよ」

俺の返事に苛立ったように、松田の眉間に皺が寄る。


だってこれは事実だから。
松田が望む返事ではなかったとしても。


俺がお前相手になまえへの気持ちを認めることは、きっとこれから先もない。


認めてしまえば、お前は俺の気持ちを考えてしまう奴だから。


これ以上、なまえと松田の間に余計な足枷を増やしたくなかった。


「大事な幼馴染みだ、二人とも。俺から言えるのはそれだけだよ」
「・・・・・・その余裕が腹立つ」

ふんっと鼻を鳴らした松田が、ゴンっと拳で俺の肩を小突く。


余裕なんてあるわけない。

気を抜くとガキみたいな俺が顔を覗かせるから。必死に心の奥に鍵をかけてしまっているだけ。


「陣平ちゃんなら大丈夫だよ。なまえも色々あって今は素直になれないだけだから」
「・・・・・・っ、うっせ」
「よし!今日は朝まで付き合うぜ」

ベッドから降りて、陣平ちゃんの隣に腰を下ろす。くしゃくしゃと両手で陣平ちゃんの髪の毛を撫でると、鬱陶しそうにその手を振り払われる。


こんな日くらい一人でいたくない。

その気持ちは同じだった。





容赦なく流れていく時間。


俺と陣平ちゃんが警察学校へ入校する日が決まった。


あれからうまく噛み合わないなまえと陣平ちゃんの歯車。



「松田とこのまま離れていいの?」

余計なお世話だと分かっていても、そう聞かずにはいられなかった。




「・・・・・・うん。きっと時間が経てば、またただの幼馴染みに戻れるから」
「ただの幼馴染み・・・・・・ね。なまえが後悔しないならそれでいいけどさ」
「いつも心配してくれてありがとね」


自分が泣きそうな顔をしていることに、なまえは気づいているんだろうか。

ただの幼馴染みなんて望んでいないくせに。こぼれそうになったそんな言葉をどうにか飲み込んだ。


最近のなまえは、今までにも増して何かを考え込むことが増えた。

きっとその一つは陣平ちゃんのことなんだろう。でもそれだけじゃない。


警察学校。


俺や松田の死。


点と点を結び付けると、なまえが表情を曇らせる理由に検討はついた。




「警察官になった俺達が何か事件に巻き込まれる。あれだな、殉職ってやつ」
「っ、・・・!!」
「その顔はビンゴだな」

ずっと考えていた可能性を口にすれば、正解とばかりに見開かれるなまえの瞳。


わかりやすい奴だな、こいつも。


思わずケラケラと笑い声がこぼれた。



「ずっと考えてたんだ。俺や陣平ちゃんが死ぬ理由。警察学校の話した時のなまえがあんな顔した理由も踏まえて考えたらそれくらいしかないかなーって」
「・・・・・・何で・・・・・・」
「ん?」
「何でそんな風にすんなり私の言葉を信じてくれるの・・・?」

推理というには随分と陳腐なもの。
少し考えれば分かる事だった。


なまえの言葉を信じる理由。
そんなもの一つしかない。


多分これが宇宙人とか幽霊とか、有り得ない話をされたとしてもなまえが言うなら俺は信じるだろう。

例え世界中の人間が信じなくても、俺だけはお前の言葉を信じると断言できた。



「なまえだから。他の誰でもないお前だから。理由なんてそれしかない。例え突拍子のない話でも、俺はそれを信じるよ」
「・・・っ・・・」
「きっとそれは松田も同じ。ガキの頃からずっと一緒にいたからな、俺達三人」

それくらい俺にとってなまえと松田は特別だから。

その存在を確かめるように、くしゃくしゃとなまえの頭を撫でる。


いつの間にか随分と身長差ができた俺達。上目遣いでこちらを見るなまえは、泣きそうな顔で表情を歪ませた。



「何があっても守ってやるって約束しただろ」

大袈裟なんかじゃなくて、それは俺の覚悟だった。


「っ、私は研ちゃんにもいなくなって欲しくない・・・!!二人ともに生きてて欲しいの」
「分かってるよ。まぁでも陣平ちゃんは後先考えずにアクセル全開で突っ走っちゃうことがあるから。それを止める為に俺もついてくことにしたんだ」
「・・・・・・研ちゃん・・・」
「だから心配しなくていい。俺達は死なない」

お前を残して死ねるわけがない。
俺達がいなくなった未来、そこでお前は一人で泣くから。

そんな未来、俺は認めない。



「・・・・・・ねぇ、研ちゃん・・・」
「ん?」
「私ね、二人のことが大切なの」
「うん。知ってる」
「例え他の誰かを犠牲にしても・・・・・・。例えそれが数え切れない人だとしても、二人には生きていて欲しい」

震える声で、一言一言を噛み締めるように話すなまえ。

そこから伝わるのは、俺や松田への深い愛情。それが恋愛としてではなかったとしても、自分にそんな感情を向けてくれることは嬉しかった。



「なまえの頼みでもそれは無理かな」
「・・・っ・・・」

ばっと顔を上げたなまえと視線が交わる。



「俺が一番に考えるのは、なまえのことだから。ちなみに次は陣平ちゃんのことかな」
「・・・っ、馬鹿・・・」
「手のかかる幼馴染みがいると大変なんだよ。二人とも素直じゃないからな、ホントに」

ぽたぽたと俺のシャツに広がっていく涙のシミ。涙を流すその姿すら愛おしい。




「相変わらず甘えただな」
「研ちゃんにしか甘えてないもん」
「ははっ、なら許す」

ぎゅっと腰に回された細い腕。どくんと心臓が大きく脈打つのが自分でもわかった。


いくらでも甘やかしてやるし、守ってやる。


だから俺の事を・・・・・・っ、


そこまで考えて俺は思考を止めた。


これ以上は望んじゃいけない。自分にそう言い聞かせた。

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