宝物のキミへ | ナノ
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▽ その答えは闇の中



一人で立てるほど、なまえは強い奴じゃない。あの日からまた近付いた俺達の距離。甘ったるい関係じゃなくても、なまえが俺を頼ってくれることは素直に嬉しかった。



「・・・・・・お前、なまえのことどう思ってんの?」

そんな俺達の雰囲気に陣平ちゃんが気付かないはずもなく、不機嫌そうに尋ねてきた。


彼女と喧嘩が耐えない陣平ちゃん。アドバイスという名の忠告。あの子がなまえを傷つけるなら俺はそれを許すことは出来ない。


それに・・・・・・、



陣平ちゃんは、何だかんだ優しい奴だから。


いつの日か、あの子を傷付けた自分を許せなくなるだろう。

それが分かっていたから。

そうなってほしくはなかったから。







「好きって言ったら譲ってくれる?」
「っ、」
「なんてな。大事な幼馴染みだよ。なまえも陣平ちゃんも」


学生達で賑わう中庭。俺と松田を包む空気だけが、ピンと張り詰めたものだった。


望むことを許されない俺と、望めば手に入れられる松田。

早く素直になって欲しい。


じゃないと俺の気持ちが溢れてしまいそうになるから。


二人の幸せを願えているうちに・・・、


意地っ張りな幼馴染み達。


ひらひらと手を振りながら陣平ちゃんに背を向ける。


これ以上顔を見られたくなかった。
きっと今の俺はかっこ悪い。嫉妬、羨望、陣平ちゃんに向けるべきじゃない感情が顔を覗かせる。


どす黒いそんな感情と裏腹にどこまでも広がる青い空に浮かぶ太陽がキラキラと地上を照らしていた。






目の前にはたっぷりとチョコのかかったパンケーキ。

向かいの席では、同じくキャラメルのかかったパンケーキを幸せそうに頬張るなまえの姿。


子供みたいなその表情が可愛くて、くすりと小さく笑みがこぼれた。


「チョコの方も食べるか?」
「うん!」

一口大に切り分けたパンケーキをフォークで刺して、なまえの方に差し出す。なんの戸惑いもなく、ぱくりとそれを口に含む彼女。


まるで親鳥が雛に餌付けをしているような気分だ。


「んんっ、美味しい。研ちゃんも食べる?」
「サンキュ」

差し出されたパンケーキを口に含むと、広がっていくキャラメルの甘さ。


傍から見れば恋人にしか見えないんだろう。


ちくりと痛む胸の奥。


それでも幸せだった。


この穏やかな時間が続けばいい。そう願った。



「だいたい仲良くしてあげてって、なんでそんなこと言われなきゃいけないのよ」
「ははっ、間違いねぇな」
「自分はいい子ぶって、周りに言わせようとするあの感じも嫌い」
「たしかに。女の子って感じだよな、そういうとこ」


陣平ちゃんの彼女への文句をこぼすなまえに相槌をうつ。


「はぁ・・・、でもこうやって愚痴ばっかり言ってる私が一番最低だよね」

大きなため息をこぼしたなまえがフォークを置きながら、そう呟いた。


「溜め込んでばっかだと爆発するから。たまには愚痴るのも大事だよ」
「研ちゃんは私の事甘やかしすぎ」
「ははっ、可愛いから仕方ない」


不貞腐れた表情のなまえの髪を、くしゃくしゃと撫でる。


きっと陣平ちゃんとあの彼女の終わりは近い。

こうしてなまえに絡んでくるあたり、あの子も限界なんだろう。


あの子が悪いわけじゃない。ただ好きな人の心を望んだだけ。中途半端な気持ちで、付き合うのを承諾した陣平ちゃんに非があるだろう。


それでも俺があの子の味方になることは、きっとこれからもないだろう。


甘ったるいチョコレート。店内に広がるコーヒーの香り。


この世界で大切にできるものの数は限られている。目の前でコーヒーの入ったマグカップを両手で持つ女の子。


「可愛いな、ホントに」
「・・・・・・?」

片肘を机につきながら小さくそう呟いた俺の言葉が上手く聞き取れなかったんだろう。こてんと首をかしげたなまえ。その仕草にまた笑みがこぼれた。






その日は、思っていたより早くやってきた。


昼食をとるために大学の中にある学食へとやってくると、何やらいつもより騒がしい。


生徒達の視線は、ちらちらと一組の男女に向けられている。



窓際の席に向かい合って座る陣平ちゃんとその彼女。気だるげに話す陣平ちゃんとは反対に、感情的に声を荒らげる彼女。


ありゃさすがに目立ちすぎだろ。


俺は机の間を抜けながら彼らの方へと向かう。


「っ、陣平君も萩原君もあの子の見た目に騙されてるだけなの!たまたま昔から近くにいただけじゃん!ちょっと可愛いだけで・・・っ」

耳に入ってきた自分の名前。彼女の気持ちが理解できないわけじゃない。それでもその言葉は受け入れられるものじゃなかった。


先にそれにキレたのは松田だった。


バン!!と激しい音をたてて、飲んでいたアイスコーヒーのグラスを机に置いた松田が立ち上がる。

その剣幕にびくりと肩を震わせる彼女。



「なーに怒ってんの、陣平ちゃん。皆見てるからとりあえず落ち着きなさい」
「・・・・・・っ、萩・・・」
「ほらほら二人ともそんな怖い顔しないの。陣平ちゃんはまず座って」


感情のまま、怒鳴ろうとした松田の口を後ろから塞ぐ。ぽんっと肩を叩けば、少しだけ冷静さを取り戻す。

俺が来たことで安心したのか、彼女の顔にも安堵の色が浮かぶ。



「学食入ったら二人が喧嘩してたからびっくりしたよ。大丈夫?」

女の子を傷付けるのは趣味じゃないから。さっきの言葉を許すことは出来ないけれど、あれは松田にも非があるから。

気遣うような視線を向けると、うるうると瞳を潤ませながらこちらを見る彼女。


きっと今まで彼女の周りにいた男はそれでコロッといってたんだろう。狙うようなソレに、むかむかと胃の奥から込み上げてくる気持ち悪さ。


それを抑えるためにポケットから煙草を取り出すも、学食内が禁煙だったことを思い出し小さくため息をついた。



「・・・っ、萩原君からも言ってよ・・・」
「何を?」
「陣平君はなまえちゃんに騙されてるの。幼馴染みだからって、陣平君にも萩原君にもベタベタして・・・。あんな子・・・・・・っ・・・!?」


ぷつんと、自分の中で何かが切れる音がした。


この子を利用した松田が悪い。

そんなことは分かっていた。


それでもお前がなまえの何を知ってるんだ?目の前の女になまえを“あんな子”呼ばわりされる筋合いは無い。



手に持っていた煙草を無意識にくしゃりと握り潰す。


彼女の瞳の奥に見えたのは怯えの色。雰囲気の変わった俺に気付いた松田が口を開きかけた。



「二人が喧嘩するのは自由だけど、なまえの悪口なら聞きたくないかな」


にっこりと笑顔を作りながらそう言うと、彼女はオロオロと松田の顔色を見る。

今まで彼女に優しくしてきたのは、なまえに何かされたらたまったもんじゃないから。


別に俺はお前の味方なんかじゃない。



「・・・・・・なまえはお前が言うような奴じゃねぇから。てか全部俺が悪いわ、ごめん」
「っ、ごめんって何?!何に対して謝ってるの?」
「最初から俺が悪かった。お前が不安に思う原因は、全部俺だよ」


腹を括ったんだろう。松田はそう言いながら彼女に小さく頭を下げた。



「松田。場所変えた方がいい、ここだと目立つ」
「あぁ、分かった」


さすがにここで別れを告げるのは酷だろう。変な噂になっても困る。

学食から彼女を連れ出す松田の背中を静かに見送った。



二人が出て行った学食の中は、次第にいつもの落ち着きを取り戻した。

食欲の失せた俺は、コーヒーだけを頼み飲み終わると近くの喫煙所で一服をする。


しばらくすると、どっと疲れた様子の陣平ちゃんが隣にやって来た。


自分の身勝手さで他人を傷つけたことに心を痛めているんだろう。お前は優しい奴だから。



「不器用だよな、陣平ちゃんって」
「は?手先は器用な方だってお前も知ってんだろ」
「ははっ、そういうとこだよ」

たった一人。あいつしか好きになれねぇくせに、その気持ちを素直に認めないから。

その代わりに誰かを愛せるほど器用じゃないし、利用できるほど非情でもない。


なまえの傷付く顔を見たくないのと同じくらい、松田のそんな顔も見たくはないから。


さっさとくっついてくんねぇかな。なんて考えながら白い煙を吐き出す。




「なぁ、萩原」
「んー?どうかしたのか?」
「俺がなまえのこと好きって言ったら、お前は譲ってくれんの?」


予想していなかった質問に、思わず何度か瞬きをする。


やっと認める気になったのか、こいつも。



「譲らない。そう言ったらどうするの?」
「っ、それは・・・っ・・・」
「松田らしくないね、そんな風に悩むの。欲しいものは欲しいって突っ走るタイプじゃん」


別に俺の許可なんて必要ないだろう。

お前達はずっと昔から惹かれ合ってるんだから。


松田が手を伸ばせば、あいつもきっと素直にその手をとるだろう。


遠くない未来、やってくるであろうその結末。


それは俺が望んだもの。


短くなった煙草を灰皿に押し付け、ぐっと両手を空に向かって上げ背筋を伸ばす。


「素直が一番だよ、陣平ちゃん」
「っ、うるせぇ」


少し赤くなった頬を隠すように視線を逸らした陣平ちゃん。ケラケラと笑う俺を見て苦虫を噛み潰したような顔をするあいつが面白かった。



素直が一番。

もう一人の自分が頭の中で問いかける。


お前はどうなんだ?


聞こえないふりをする。聞いちゃいけない。素直に、なんて今の俺からは縁遠い言葉だった。

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