宝物のキミへ | ナノ
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▽ 幸せの代償



「大丈夫か?」

大丈夫じゃない。そう分かっていて聞くのは、なんて酷なんだろうか。


大学に入学したなまえ。
案の定、陣平ちゃんの彼女はなまえに声をかけてきた。

隠せるわけがない。
陣平ちゃんの腕に絡められた彼女の腕。

それを見て悲しげに揺れたなまえの瞳。


気付かない陣平ちゃんに少しだけ苛立ちを覚えた。



「大丈夫だよ。・・・っ、私今日ちょっと友達と会う予定あるから先帰るね」
「そっか。分かった。なんかあったらすぐ言えよ?」
「うん、ありがとね」


見え透いた嘘。気付かないフリをする。
今にも泣きそうな顔をしているくせに、頼ってこようとはしない。


研ちゃん、研ちゃんといつも甘えてきていたなまえが恋しく思えた。


今のあいつは全てを一人で抱えようとするから。




このまま講義を受ける気分にもなれなくて、俺はそのまま午後の講義をサボって家に帰った。


ベッドに寝転んで、ぼーっと考えるのはなまえと陣平ちゃんのこと。


あの二人が結ばれる結末。
それならまだ納得ができるんだ。


自分にそう言い聞かせる。


ボタンのかけ違いでこうしてすれ違うあいつらを見ているのは、胸が締め付けられるような感覚だった。


カーテンから見える空がいつの間にか黒い闇に覆われる。


あいつ、ちゃんと帰ったのかな。


なまえのことが気になった俺は、枕元に置いていた携帯を取り彼女に電話をかける。



無機質なコール音が続く。
五回目のコールの途中で聞こえてきたのは、ガヤガヤとした喧騒。


「なまえ?ちゃんと帰ってんのか?」
『・・・・・・っ・・・』
「どこいんの?一人?」

電話越しに聞こえてきたのは、涙を堪えるような声。

寝転んでいた俺は、そのまま立ち上がり椅子にかけていたシャツを羽織る。


一人になんてするんじゃなかった。
あの時、小さな背中を見送ったことを後悔した。


「なまえ。頼むからどこにいるかだけ教えて」
『・・・・・・っ・・・、米花駅の裏・・・。ホテル街の近く・・・っ・・・』
「分かった。すぐ行く」


電話を切る前に聞こえてきたのは、しゃくりあげるあいつの泣き声。


ホテル街。
その単語に頭をよぎる色々な可能性。



背中を嫌な汗がつたう。


ホテル街に着いた俺は、人目を気にする余裕もなくなまえの姿を探した。



「っ、はぁ、なまえ!」

ホテルすぐ横にある路地裏に座り込むなまえ。涙でよれた化粧に、乱れた服。

俺は着ていたシャツを脱ぐと、そのまま彼女の肩に掛けた。


「・・・・・・研ちゃん・・・」
「とりあえずこれ着て。そんな状態で帰ったらおばさん達心配するだろうから、どっかで落ち着いてから帰ろう」

俺の名前を呼ぶなまえの声は、どこか心細い響きを伴っていた。

怒られることに怯えているようにも見えたその表情。

誰かに乱暴をされたのかとも思ったけれど、どうやらそうではないらしい。


この様子だと自暴自棄になって、って考えるのが妥当だろう。



こんな状態で家まで送るわけにも行かず、近くにあったホテルの一室への入った俺達。

甘い雰囲気になんてなるわけもなくて、お互いに黙ったまま時間だけが流れていく。



「・・・・・・さすがに今回は怒ってるよ、俺も」
「っ、ごめん・・・」

びくりと肩を震わせたなまえ。
肩に掛けていた俺のシャツを握る手に力が入る。



「・・・っ・・・、ごめんなさい・・・っ。なんかもうどうでもよくなっちゃって・・・。誰でもいいから一人になりたくなくて・・・っ、忘れたくて・・・っ・・・」

涙をボロボロ流しながら、嗚咽混じりにそう話す彼女。


なんで。


なんでその時に頼るのが、別の男なんだよ。


感情のままにそう叫びそうになる。


誰でもいい。だったら俺でいいだろ。


分かっていた。
なまえにとって俺は、そういう存在じゃない。

少なくとも簡単に利用できるほど、どうでもいい相手ではない。


だからって他の男にこうして触れられたこいつを見て気分がいいわけがなかった。



「誰でもいいなら俺でいいじゃん」
「っ、え?」
「忘れたいんだろ?だったら俺が忘れさせてやるよ」

すっぽりと腕の中におさまる小さな体。

手に入らない。
そんなことは分かっていた。


ずっとずっと、守り続けてきた宝物。


手を出してしまえば、俺もなまえも傷を負うことは分かっていた。


大切だから。


伝えるべきじゃない。


いい兄貴でいなきゃいけない。
ずっとそう言い聞かせてきた。

気持ちを伝えてしまえば、なまえは俺の心を慮って距離を置こうとするかもしれない。

彼女が俺の気持ちに応えてくれることはないのだから。


それでも限界だった。


「別に俺はなまえに彼氏ができても、他の男と遊んでても何でもよかったよ。でもそんな風に傷付いて泣くのだけは見たくない」
「・・・・・・っ」
「なまえが昔から松田のこと見てたのと同じで、俺はずっとなまえのことを見てたよ」
「それは幼馴染みだから・・・っ」
「俺はただの幼馴染みの女の子にここまではしない。なまえだって知ってるだろ」


松田のことをずっと想っていたなまえを、誰より近くで見てきたのは俺だったから。

その気持ちの深さは誰よりも知っているつもりだった。


例え誰と何をしていても、お前が幸せならよかったんだ。

俺はその笑顔を見れたらそれで幸せだったから。


でも今、なんでお前は泣いてるんだ・・・?



「忘れたいなら俺の事を利用すればいい」


傷付けてくれてかまわない。
なまえがくれるものなら、俺はその傷すら愛せると思うから。


「・・・・・・研ちゃん・・・」
「嫌なら突き飛ばして逃げていいよ」


そっと壊れ物を触るようになまえの頬に触れる。


真っ直ぐに俺を見つめるその瞳からとめどなく流れる涙の粒。


他の奴を好きでもいい。

今だけは・・・、俺が触れることを赦して欲しい。


「ずっと好きだった。松田のこと好きなところも含めて受け止めるから、今だけは俺の事だけ見て」


幼い頃からずっと抱えてきたなまえへの想い。

伝えるべきじゃなかったのかもしれない。


優しいお前を、この言葉のせいでまた悩ませてしまうんだろう。


それでも伝えずにはいられなかった。


重なった唇。あいつの口から漏れる甘い声に、ぞくりと粟立つ背中。

初めてなんかじゃないのに、らしくもなくなまえに触れる手が少し震えていた。






疲れたのかすやすやと眠ってしまったなまえ。その寝顔を見ていると、自然に目尻が下がった。

そんな俺の視線に気付いたのか、ゆるゆると開かれる彼女の瞳。


「おはよ。ってもまだ夜中だろうけど」
「・・・っ、おはよう・・・」
「ははっ、なんでそんな吃ってんの」
「なんで研ちゃんはそんな普通なの・・・っ」


普通?そんなわけないだろ。
カッコつけの俺は、そう装っているだけ。
だから気付かないでほしい。


「おいで」

腕を広げると、素直にぎゅっと抱き着いてくるなまえ。触れる素肌にどくんと脈打つ心臓。



「最近寂しかったんだよね、俺」
「研ちゃんが?」
「そうだよ。なまえは俺達から距離とろうとするし、陣平ちゃんは彼女作っちゃうし」


ぽつりぽつりと話し始めた俺。なまえは腕の中で俺を見上げながらそれを聞く。

上目遣いでこちらを見るその姿がたまらなく愛おしいと思った。


俺は三人で過ごす時間がとても大切だったから。


二人が離れていくことが何より怖かった。

頼って欲しい。甘えて欲しい。
二人にとってそんな存在でいたかった。


「頼って欲しい。なまえが一人で泣くのは見たくないんだよ」
「・・・・・・研ちゃんのこと利用してるだけじゃん」
「俺がいいからそれでいいの。好きな子には笑っててほしいのが男心でしょ」


お前の笑顔のためなら俺は何でもするから。


なまえの大きな瞳に再びじんわりと涙が浮かぶ。


「いつでも逃げておいで。全部受け止めてあげるよ」

都合のいい男でかまわない。

お前が一人で傷付くくらいなら、その分俺がその傷を背負うから。


たまった涙を拭い、そっとその目元に唇を寄せる。


たった一人の特別な女の子。

キミの幸せだけを俺は願うよ。

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