君ありて幸福 | ナノ
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▽ まるで泡のように消えて



「ビールお願いしまぁーす!」
「・・・・・・おい、飲みすぎだろ!そろそろ水にしとけ」
「うるしゃいなぁー。そういう陣平ちゃんは全然飲んでないじゃん」


三人でよく来る近所の居酒屋。

いつもより酒のペースが早いなまえはすでにできあがっていて、呂律が回っていない。


なまえが頼んだビールを店員が運んでくる。それを受け取った俺は、そのままぐいっと飲む。


「っ!陣平ちゃんが私のビールとった!!」
「うるせぇ。酔っ払いは水飲め!」
「研ちゃんー。陣平ちゃんがいじめるー・・・」


態とらしく隣にいた萩に泣きつくなまえ。萩はそんななまえを片手で受け止めながら、楽しげに笑う。


「とりあえず一回水飲もっか。そしたらビール頼んでやるからさ」
「・・・分かった、飲む」
「えらいな、いい子」


くしゃくしゃとなまえの髪を撫でる萩。


なんで萩の言うことは素直に聞くんだよ、こいつ。


素直に両手で水の入ったグラスを持つなまえはまるで小動物のようで、腹立つくらいに可愛い。



「あれ?萩原くん?」
「あ!松田くんも一緒じゃん!」


不意に隣の席から名前を呼ばれて、俺と萩がそちらを振り返るとそこには警察学校時代に同期だった女の姿があった。


あー、名前なんだったっけ・・・。


顔はたしかに覚えているけれど、名前の出てこない俺と違って萩はひらひら手を振りながら二人の名前を呼ぶ。


こいつの記憶力まじですげぇよな、なんて感心しているとそいつらは俺と萩の隣に自分のグラスを持って腰掛けた。


「せっかく久しぶりに会えたんだし乾杯しようよ!」
「ほら!松田くんも!」

二人の勢いに押され、俺と萩もグラスを持つ。


「そっちの子は?萩原くんの彼女?」
「俺と陣平ちゃんの幼馴染みだよ」
「あー!昔話してくれたことあったよね!一つ年下の幼馴染みちゃんの話!よろしくね」


萩の隣にいた女がなまえの方を覗き込む。


なまえは小さく頭を下げると、そのまま立ち上がった。


「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる。飲みすぎたかも」
「大丈夫か?一人で行ける?」
「うん、ありがと」


トイレへと向かったなまえの背中を心配そうに見る萩。


「噂には聞いてたけど、ホントに大事にしてるんだね。幼馴染みちゃんのこと」
「とりあえずさ!せっかくだし乾杯しちゃお!」


二人の勢いに押され、カチンとグラスを鳴らす俺達。


久しぶりの再会。

懐かしい話や、今の仕事の話。二人のペースではあるものの、話が尽きることはなかった。


特に萩の隣の女は、ずっと萩に話しかけていてあいつもあいつでそれに答えている。


あ、思い出した。

こいつ警察学校の頃に、萩のこと追いかけてた女の一人だ。


だから萩にばっか話しかけてるってわけか。


萩のことしか目に入っていないその女と、トイレから戻らないなまえが気にかかっているであろう萩。


俺は隣にいた女の話を適当にかわすと、そのままグラスを置いて立ち上がった。


「悪ぃ、俺もちょっとトイレ」


そのまま返事を聞くことなくトイレへと向かうと、トイレのすぐ側のベンチに腰掛けていたなまえを見つける。


「なーに不貞腐れてんだよ、お前は」
「・・・・・別に。ちょっと気持ち悪かっただけ」
「嘘つけ」


なまえの隣に腰掛ける。


ホント分かりやすい奴。



「萩が心配してるぞ」
「・・・・・研ちゃんが迎えに来てくれたら戻る」
「ガキかよ、お前は」
「・・・陣平ちゃん優しくない」
「俺は萩原みたいにはできねぇーよ」


なまえは昔から周りとの距離感の取り方が下手くそだった。


俺達といる時間が長すぎるせいで、周りの女達からよく思われないことが多かった。かといって男といるとそいつから好意を持たれたり、周りから男好きと噂されたり、色々と大変そうだった。


その結果、俺と萩以外に心を許せる友達がいない。


だからこそああいう状況だとどうしていいか分からないんだろう。


俺達をとられた。そんなガキみたいなことを考えてしまう。こいつの考えていることなんて少し考えれば分かった。


俺達にとってお前は特別なのに。



「あいつらはただの同期だよ。すぐ帰るだろうし、戻ろうぜ」
「・・・・・・陣平ちゃん一人で戻ればいいじゃん」
「お前がいねぇんなら、俺も戻んねぇーよ」


俺はくしゃりとなまえの髪を撫でた。


「せっかく久しぶりに三人で飲んでるのに、お前がいねぇーと面白くないだろ」


ぶすっとしたなまえの頬を片手でぎゅっと掴む。


「ははっ、不細工だな、その顔」
「うるさい!陣平ちゃんのバカ」

負けじとなまえが俺の頬を摘む。


お互いの顔が可笑しくてふっと吹き出した俺達。


「とりあえず戻るぞ」
「・・・・・・うん。・・・・・・ありがと、迎えに来てくれて」
「おう」





「萩原くんは今彼女いないんでしょ?今度遊ぼうよ!」

萩の隣に座る女が萩の腕を掴みながらそう言った。


思わずなまえの表情を伺うけれど、なまえは何も言わず手元にあったビールをあおるだけ。


「仕事忙しいからまたタイミング合えば皆で遊ぼっか」
「えー、二人がいい」
「またいつかね。とりあえず今日は久しぶりに三人で飲みに来た日だからさ。この辺でお開きにしない?」


限界だったんだろう。


なまえの様子に萩が気付かないわけがない。


この場を切り上げようと、そう言った萩にしぶしぶ従う彼女。



「じゃあねー!」

俺の隣にいた女が手を振りながら席を立つと、萩の隣にいた女も立ち上がる。



「“昔みたいに”遊びたくなったらまたいつでも誘ってね!幼馴染みちゃんもまたね」


たしかに萩の目を見てそういった彼女。


その瞬間、萩の周りの温度が一気に下がったような気がした。にっと笑った彼女から漂うのは友達でも同期でもなく、女としての香り。


「・・・・・・陣平ちゃん、そのビールちょーだい」
「お、おう」


黙ったままだったなまえがほとんど飲んでいない俺のビールを一気に飲み干す。


「すいません!ビールもう一杯ください!」
「・・・・・・なまえ」


らしくない声でなまえの名前を呼んだ萩。けれどそれを聞こえないふりをしてそのままメニューを見る彼女。



やっぱりなまえは・・・・・・、



そこまで考えて、小さく頭を振る。


関係ねぇだろ、そんなこと。


俺はなまえが好きだ。


例えこいつが誰を好きでも、それだけは変わらねぇ。


更けていく夜。騒がしい居酒屋。
いつもと様子の違うなまえと萩原。


全てを振り払うように、俺は酒を口に運んだ。

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