君ありて幸福 | ナノ
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▽ お前とあいつと、時々俺



俺には昔から気になる奴がいた。


幼馴染みというのだろう。

ガキの頃から気がつけばいつも近くにいた存在。


一歳年下の近所に住む女の子。


気がつくといつも俺や萩原と一緒にいた彼女。

普段はガキみたいなくせに、ふとしたときに年下なのが嘘みたいに大人びた表情を見せる不思議な奴。


一緒にいるのが当たり前だった。


いつからなまえのことを目で追うようになったんだろう。






高校にあがった俺と萩原。そして一年遅れで同じ高校へとやってきたなまえ。

彼女の容姿は新入生の中でも目立っていて、俺と同じクラスの男子達も可愛いと噂していた。



「あ!研ちゃんと陣平ちゃんだ!」

満開の見頃を終えた桜が散る校庭で、下校途中の俺と萩原を見つけ駆け寄ってくるなまえ。

彼女の制服姿はまだどこか見慣れなくてどこかむず痒い。


膝上のスカートからすらりと伸びた足。緩く巻かれた髪の毛。どこで覚えたのかいつの間にか化粧を始めた彼女は、中学の頃より大人びて見えた。


「やっぱ可愛いよな、みょうじさん。三年の先輩達も噂してたらしいぜ」

近くにいた同級生がヒソヒソと俺に耳打ちしてくる。


うるせーよ!
んなことずっと前から知ってんだよ。


なんて心の中で毒づきながらも、素直にそれを認めることができない。


「おお、なまえ!今日は髪の毛巻いてんだな!可愛いじゃん」

そんな俺とは正反対の幼馴染は、駆け寄ってきたなまえを片手で受け止めながら、その髪をくしゃりと撫で優しく笑う。


「さっきクラスの子に巻いてもらったの!大人っぽいでしょ」

ふふっと笑う彼女は萩の右腕にぎゅっと抱きつく。その姿に思わず視線を奪われる。


「私も一緒に帰っていい?」
「あぁ、もちろん。だよな、陣平ちゃん」
「っ、好きにすればいいだろ」


三人で並び帰る家までの道のり。


俺の隣に萩原、そしてその隣になまえ。


いつもと変わらないこの並び。


そう、いつもなまえがいるのは萩原の隣だった。


俺達二人が一緒にいるところに声をかけてくる時、いつも先に呼ぶのは萩の名前。


さっきみたいに萩に抱きついたり、腕を組んだりすることはあっても、なまえが自分から俺に触れることはなかった。


いつもこの二人は距離が近い。

ガキの頃から萩の後ろをついて回っていたなまえ。年齢を重ねてもそれは変わらなくて、研ちゃん研ちゃんといつもあいつにべったりだった。


傍から見れば恋人同士にしか見えない二人の距離。



長い時間一緒にいたんだ、気付かないわけがない。


彼女の視線の先には、いつも萩原がいた。


それに気付いたのはいつだっただろうか。






「悪い、ちょっと職員室呼ばれてたんだった!先帰ってて!」

放課後、一緒に教室を出た萩原が何かを思い出したかのようにそう言った。

何かやらかしたのかと聞けば、週番の用事だよ!と言い返される。

そのとき、少し向こうの廊下の角で一年の女子生徒がチラチラとこちらを見ていることに気付く。


こういう時はおおかた彼女達が用事があるのは萩の方。

案の定、彼女達は頬を赤く染めながら「萩原先輩!」と彼に声をかけた。


「なになにー?どうしたの?」

人あたりのいい笑顔で彼女達に返事をする彼。こんな風に誰にでも優しいからモテるんだろうな、こいつ。


「これ!調理実習で作ったんです!よかったら受け取ってください!」

友達に背中を押された片方の女子生徒が、差し出したのは綺麗にラッピングされたカップケーキ。

そういえば六限目の前に家庭科室の近くの廊下に甘い匂いがただよっていたな。


もちろんこの幼馴染みは受け取ると思った。けれどその予想は外れた。


「ごめーん。俺甘いもの食べれなくて・・・。せっかく一生懸命作ってくれたのにごめんね」

そう言うと丁寧にその女子生徒に謝り、職員室へと走っていく彼。


あいつが断るなんて珍しいこともあるんだな。そういえばあいつこの前告白されても断ってたっけ。


そんなことを考えながら下駄箱へと向かう。


「あれ?今日は陣平ちゃん一人?」

放課後、教室を出て下駄箱に向かうと正面玄関のそばで立つなまえに声をかけられた。


「萩なら先生に呼ばれて職員室。時間かかるかもだから先帰ろうかなって」
「陣平ちゃんは呼ばれてないんだ、珍しい」
「何だよそれ、別に俺だって毎回呼び出されてるわけじゃねーよ」
「ははっ、冗談だよ」


くすくすと笑いながらなまえが近付いてくる。そしてカバンから何かを取り出すと、それをこちらに差し出した。


それは透明の袋に入ったカップケーキ。


「これ調理実習で作ったの。あげる!」
「ちゃんと食えんの?これ」
「なっ、食べれるに決まってるでしょ!そんなの言うならあげない!」

一度渡したカップケーキを取り上げようとするなまえ。ひょいっと右手を上げると、身長差からそれに届かなくてぴょこぴょこと跳ねる彼女。


可愛いな、こいつ。
ムキになる姿がなんだか可愛らしくて、思わずくすりと笑みがこぼれる。



「あれ?二人とも何してんの?」

そんな俺達の耳に届いた聞き慣れた声。

その声になまえは、ぱっとそちらを振り返る。


「あ!研ちゃん!聞いてよー、陣平ちゃんがいじめる!」
「おーおー、どうした?」

少し前まで俺にまとわりついていたくせに、萩が現れるとあっという間に彼のそばに駆け寄る彼女。

胸の中に黒いドロドロとしたものが渦巻く。


「せっかく調理実習で作ったカップケーキあげたのに、食えるの?とか言うんだよ!」
「へぇ。俺にはないの?それ」
「もちろんあるに決まってるでしょ!はい、どーぞ」

カバンから取り出したもう一つのカップケーキを萩に渡すなまえ。

先程とは違い、笑顔でそれを受け取る萩。


甘いもの食えねーんじゃねぇのかよ。

見え透いた嘘をついた彼に心の中でそう呟く。


「美味い!頑張ったなー、えらいえらい」

貰ったカップケーキをその場で開けると口に運んだ萩原。ひと口食べるとわしゃわしゃとなまえの髪を撫でた。


調理実習で授業として作っただけだろ、えらいってなんだよ。いつまで経っても素直になれない俺とは違って、萩は思ったことをそのままなまえに伝える。

それを聞いたなまえは嬉しそうに笑った。


そしてこちらを振り返り、べーっと舌を出す。


「ちゃんと食べれるって分かったでしょ!べーっだ!」

大人びた容姿とは違うガキみたいな姿。

思わずふっと口の端が上がる。


「萩が毒味してくれたことだし、貰ってやるよ」
「っ!やっぱり意地悪!!」
「まぁまぁ。とにかく帰るぞ」


俺となまえがくだらない言い合いをして、萩がそれを宥める。いつもと変わらない時間。

それがいつまでも続くと信じて疑っていなかった。

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