君ありて幸福 | ナノ
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▽ 包み紙の中に



研ちゃんに手を引かれ連れてこられたのは彼の部屋。ぺたりとソファに座ると、「おいで」と優しく腕を広げてくれる。


止まっていた涙がまた溢れ出す。私はその腕の中で声をあげて、まるで子供のように泣いた。


わんわんと泣く私の頭をずっと撫でてくれる研ちゃんの手。その優しさにまた涙が溢れる。


どれくらいの時間が経ったんだろうか。
オレンジ色だった空はいつの間にか黒く染っていた。


体中の水分が枯れるくらい泣いた気がした。


研ちゃんの胸から顔を離すと、そこには涙で大きなシミができていた。



「落ち着いた?」
「・・・・・・ごめん、また研ちゃんに迷惑・・・っ」
「迷惑なんて思ってないよ。頼ってくれて嬉しいから」

ぽんぽんと頭を撫でた研ちゃんは、そのまま私の体を抱えるようにして支えたまま机の上に置いてあったペットボトルのお茶へと手を伸ばした。


「ほら、とりあえず飲め。そんだけ泣いたら体の水分カラッカラだろ」
「ん、ありがと・・・」

キャップを開けて渡されたお茶を口に含む。ごくりと飲み込むと、まるで枯れた体に水分が行き渡るかのようだった。


キャップをしめ、ソファの脇にお茶を置くと私の体はまた研ちゃんの胸の方へと引き寄せられた。


「松田の奴、たぶん心配してるぞ」
「・・・・・・うん・・・」
「まさかあのタイミングであいつが告るとは思わなかったなぁ」
「研ちゃんは陣平ちゃんの気持ち知ってたの?」
「あぁ。だってあいつ分かりやすいもん」


一定のリズムで私の背中をあやすように叩きながら、研ちゃんは小さく笑った。



「素直に受け取ればいいのに、あいつの気持ち」
「・・・・・・・・そんなことできるわけないよ」



私があの日、研ちゃんに話したのは未来の一部。


遠くない未来、研ちゃんと陣平ちゃんが命を落とすかもしれないこと。ずっとその未来が怖かったこと。


そして陣平ちゃんには、その未来で彼に相応しい人との出会いがある。


それだけしか伝えることができなかった。



研ちゃんは何も言わずに黙ってそんな私の話を聞いてくれていた。


未来を知っている理由を問いただすこともせず、ただ一言だけ。「ずっと一人で頑張ってたんだな」って、私のことを抱き締めてくれた。


二人が亡くなる理由の詳細を伝えることはできなかった。


知ってしまえば、意識してしまう。


それで未来が大幅に変わってしまったら、今度こそ私は二人を守れなくなる。


私のそんな胸の内を知ってか知らずか、研ちゃんがそれ以上何かを追求してくることはなかった。



「その未来で出会う奴がどんな奴が知らねぇけど、今の松田はなまえのことが好きなんだ。なまえだってあいつのことを想ってる。誰に何を遠慮する必要があるんだ?」
「・・・っ、駄目なんだよ・・・。陣平ちゃんが選ぶべきなのは、私じゃないから・・・っ」
「相変わらず一度決めたら譲らないよな、なまえは」


むぎゅっと私の頬を優しく抓ると、そのまま頬を引っ張る研ちゃん。伸びた頬を見て、ケラケラと笑う。


「見えない未来の為にお前が泣く必要なんてないのに。ホント頑固だよな」
「・・・いひゃいよ・・・」
「だからほっとけないんだけどさ」


頬から手を離し、そのまま両手で私の肩を引き寄せた。


どくん、と胸から聞こえてくる心音が心地いい。



「松田に理由を話すつもりはないの?」



気持ちを受け入れることが出来ない理由。そして私の涙の理由。きっとその両方だろう。


「・・・・・・話さないよ。陣平ちゃんに余計な負担かけたくないもん」
「あいつ多分納得しねぇーよ?ちゃんと理由話さないと」


曖昧なことが嫌いな陣平ちゃん。研ちゃんの言う通り、適当な言葉で誤魔化すなんてできる相手じゃない。


それでも研ちゃんに伝えたみたいに、その理由を彼に話すわけにはいかなかった。


そんなことを言ったら、きっと彼は怒るだろう。



「未来ってさ、今の選択の積み重ねだと思うんだよね」
「積み重ね?」
「そう。確かになまえがこの前話してくれた未来も可能性のひとつとして存在してるんだと思う。でもさ、今の松田が選んだのはお前なんだよ。だったら素直にその気持ちを受け入れていいんじゃないのか?」



だってそれは、私がずっと近くにいたから。

私達三人は、物心ついた時から一緒だった。


そんなの神様の悪戯でしかない。



もし私じゃない女の子が幼馴染みなら、きっとその子を好きになっていただろう。




「まぁなまえの中で譲れないもんがあるなら仕方ないか」


そんな私の考えをまるで見透かすように、研ちゃんはぽんっと私の頭を撫でた。困ったように眉を下げて小さく笑う彼の姿に、ちくりと胸の奥が痛んだ。






研ちゃんの家を出て、自分の家に帰る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。


すぐ近所だから大丈夫と言ったけれど、研ちゃんは家まで送ると譲らなかった。


私の気を紛らわせるためか、他愛もない話をしてくれる彼の隣を歩く。


同じペースで歩いていた研ちゃんの足が止まった。


つられて立ち止まった私は、そのまま彼の視線の先を見た。



「っ、」


思わず、息を飲んだ私。

そんな私の顔を見て、研ちゃんは困ったように眉を下げた。




私の家の前に立っていたのは、陣平ちゃんだった。



きっと私達と別れてすぐからずっと待っていたんだろう。その姿に止まっていたはずの涙がまた込み上げてくる。それを堪えるために、ぐっと手を握った。


そんな私を見て、隣にいた研ちゃんがくしゃりと頭を撫でてくれる。



「気持ちを受け入れるかどうかとか、全部を話すかとか、それはなまえのしたいようにすればいいよ」
「・・・・・・っ」
「ただ話だけはちゃんと聞いてやって。好きな奴に気持ち伝えるって、すげぇ勇気のいることだからさ。松田のその気持ちだけは汲んでやってほしい」



どこまでも優しいけれど、同じくらいはっきりと意志の強いその言葉。


研ちゃんはそのまま頭を撫でていた手で、ぽんっと私の背中を押す。


その勢いで、二三歩前に進んだ私。そんな私達に気付いた陣平ちゃんがこちらを見た。


交わる視線がどこがぎこちない。


「じゃあ俺は帰るから。何かあったら連絡してこいよ」

ひらひらと手を振りながら私達に背を向け来た道を戻る研ちゃん。




「最近そんな顔ばっかりだな」

研ちゃんと入れ替わりで私の前にやって来た陣平ちゃんは、小さく笑いながらそう言った。


“そんな顔”


それは一体どんな顔なんだろうか。


きっといい顔じゃない。
油断すると今にも涙腺が緩みそうになるのだから。


街頭に照らされた薄暗い通りで、そんなことを考えた。

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