君ありて幸福 | ナノ
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▽ それは知りえぬこと



青い空がどこまでも続く昼下がり。わいわいと騒ぐ学生達を見ながら喫煙室で煙草を吸っていると、隣にいた萩原がゆらゆらとのぼる白い煙を見ながら口を開いた。



「俺や陣平ちゃんが死ぬとしたらその理由ってなんだと思う?」
「・・・・・・はぁ?」


我ながら間の抜けた声が出たものだ。
いや、それはそうだろう。話の脈絡もなければ、今まで一度もしたことがないような話題。


「俺も陣平ちゃんもそんな予定ないもんな、今のところ」
「そんな予定って・・・。死ぬ予定なんてあってたまるかよ」


だよな、なんて言いながら煙草を口にくわえた萩原の横顔はどこか真剣で冗談やうわ言を言っているようには見えなかった。


何から突っ込むべきなのか分からず、吸い込んだ煙を吐き出した。







自分が死ぬ理由。

そんなの考えたことがなかった。


何故か萩原の言葉が頭から離れなかった。



「陣平ちゃん一人?」

用事があると学校に残る萩を待つ気分にもなれなくて、一人で帰ろうと正門近くを歩いていると後ろから声をかけられ振り返る。


「あぁ、萩ならちょっと用事あるからって学校だぞ」
「さっき連絡きてた。もう少しかかるかもってきてたから先に帰ろかなって」


自然と並び歩く俺達。それもそうだろう、帰る方向が同じなのだから。


てかこいつらそんなことまで逐一連絡取り合ってんのかよ。


モヤモヤとした何かが胸を覆う。それは間違いなく嫉妬心。いい加減に隠すことの出来ないその気持ちがちらつく。



「陣平ちゃん?何かあったの?」

黙りこくった俺の顔を覗き込むなまえ。思っていたよりも近くにあった彼女の顔に、どきんと心臓が跳ねた。



何でもねぇ。言いかけたその言葉を飲み込むと、そのままなまえを見た。


こてんと首を傾げているなまえ。可愛い、なんて思っていても言えるわけはなくてカッと頬に熱が集まる。


俺らしくない。


いつかの萩原の言葉が頭を過ぎる。


欲しいものは欲しい。


好きな奴には好きだと伝えたい。


なのに何で目の前のこいつにはそれが言えないんだろうか。


クソっ!こんなの俺じゃねぇーだろ。




「なぁ、なまえ」
「ん?」


いつもと同じ帰り道。
キラキラとオレンジ色の夕焼けが俺達を照らしていた。


伸びた影が二つ並ぶ。



それはまるで一瞬で、そして永遠かのような時間。




「俺、お前のこと好きだわ」



気が付くと俺の口からそんな言葉がこぼれていた。




萩原の言葉が頭に残っていたせいなのか。


一度きりの人生、後悔だけはしたくない。


ずっとそう思ってきた。


俺達が死ぬ理由。
そんなこと分からねぇし、想像もしたくない。


けれどもし明日、そんな日がきたら俺はきっとなまえに気持ちを伝えなかったことを後悔するだろう。


そんな結末だけは避けたかった。



なまえを困らせるかもしれない。もしかしたら冗談だと思って笑うかもしれない。


けれど目の前の彼女の反応は、そのどちらとも違っていた。




「・・・・・・なんで泣いてんだよ」


声をあげるでもなく静かに涙を流すなまえ。


ぽたぽたと頬を伝う涙を拭うこともせず、俺の方を見つめる彼女の瞳。間違いなく視線は俺に向いているのに、その心はここにはないように思えた。


俺は一歩、彼女に近付くとそっと親指でその涙を拭った。



「悪ぃ。泣くほど嫌だったか?」
「・・・・・・っ、そんなんじゃない・・・!」
「じゃあ何で泣くんだよ」


萩原ならその涙の理由が分かったんだろうか。


そんなことを考えずにはいられなかった。



「お前は俺のことどう思ってんの?」
「・・・・・・大事な幼馴染みだよ」


震える声でそう言ったなまえ。


「幼馴染み以上にはなれねぇーの?」


悪い癖だと分かってはいた。
けれどハッキリさせないと気が済まないのは俺の性分だった。


「陣平ちゃんにはもっと素敵な人がいるよ。私の事なんか好きになるわけない」

なまえの大きな瞳がゆらゆらと揺れる。
はっきりと言い切ったその言葉に、苛立ちを隠すことができなかった。


俺が好きなのはずっと昔からお前だ。

なのに何でお前はそれを否定すんだよ。


自分の気持ちなんて自分が一番分かってる。


「っ、何だよそれ。なんで俺の気持ちをお前が否定すんだよ!」
「・・・それは・・・っ」


道の真ん中で言い合う俺達。
傍から見れば恋人同士の痴話喧嘩なんだろうか。



「なまえ?」


それは今、一番聞きたくない奴の声だった。


そいつが来たらきっとなまえはそいつの元へと行ってしまうから。



「・・・・・・・・・研ちゃん・・・っ・・・」


その名前を口にしたなまえの瞳から、またぽたりと大きな雫がこぼれ落ちた。


「何があったの、二人とも。なまえ、とりあえず落ち着いて。大丈夫だから」
「っ、」


俺となまえの間に入ると、そのままなまえの腕を引いた萩原。その行動にイラついた表情を隠せない俺は、ぐっと下唇を噛んだ。



「・・・・・・好きだって言っただけだよ、俺は」


泣かせるようなことを言った覚えはなかった。


けれど俺の言葉に萩原は何かを悟ったように小さく目を伏せた。


「松田は何も悪くないよ。とりあえず今日は俺にこいつのこと預けてくんない?」
「・・・っ、」
「頼む」


いつものふざけた声色じゃない真剣な萩原の声。


有無を言わせないその言葉に、俺は引くことしかできなかった。



「・・・・・・分かったよ」


頷いたのは、なまえが小さく震える手で萩原の腕を掴んだのが見えたから。


彼女がこの状況で望むのは俺じゃない。



「でもこれだけは伝えとく。なまえ、二度と俺の気持ちを否定すんな。俺は誰がなんと言おうとお前が好きだ。他の奴なんか考えたことねぇよ」


そう言い残すと俺は、二人に背を向け家とは反対の方向へと足を進めた。






俺はこのときのなまえの涙の理由を知らなかった。



知っていれば何か未来は変わったんだろうか。


この日を思い出す度、そんなことを考えずにはいられなかった。

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