君ありて幸福 | ナノ
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▽ 代償をいただきます



「陣平君って私となまえちゃん、同時に何かあって呼び出されたらどっちに行くの?」

ある日の昼下がり、一緒に飯を食っていた彼女が真剣な表情でそう言った。


同時に・・・・・・ね。

時間にすればきっと数秒。黙った俺を見て、彼女の眉間の皺が深くなる。



「お前。なまえに何かあったらその時は萩がそっち行くだろ」

ここで馬鹿正直になまえなんて答えたら、それは彼女の怒りを煽るだけ。そんなことは俺でも分かっていた。


「じゃあ萩原君が行けない状況だったら?」
「・・・・・・はぁ、何て答えて欲しいの?」


呆れたようなため息をこぼした俺にそれでも食い下がってくる彼女。

最近ことある事にこんなことで言い争いになる。


不機嫌になった彼女の二言目にはなまえの名前。どっちが大事なの。どう思ってるの。何度聞かれたか分からないその質問に正直嫌気がさしていた。



「松田の今の彼女が欲しいのはお前の心だ。あげられないなら別れた方がいい」


いつかの萩原の言葉が頭の中で木霊する。


彼女に対してのマイナスな感情。それと同じ、いやそれ以上に自分自身の最低さにも苛立ちを覚えていた。


結局のところ、他の女がなまえの代わりになるはずがないのだ。


それを分かっていて俺は目の前の彼女の気持ちを弄んだ。彼女がなまえの存在を不安がるのは、俺の気持ちがなまえに向いているから。全て自分自身が理由だった。


「・・・・・・なまえちゃんなんて陣平君と萩原君のこと都合よく弄んでるだけじゃん。私の友達もなまえちゃんは男好きって話してたよ。多分他の男の人とも遊んでるって」
「あぁ?何が言いてぇんだよ」
「っ、陣平君も萩原君もあの子の見た目に騙されてるだけなの!たまたま昔から近くにいただけじゃん!ちょっと可愛いだけで・・・っ」


バン!!!!と激しい音をたてて飲んでいたアイスコーヒーのグラスを机に置き、立ち上がると彼女の肩がびくりと震えた。


悪いのは俺だ。

彼女の気持ちを利用したから。彼女が俺に怒りを向けるなら受け入れるつもりだった。


けれど・・・・・・、俺が悪いと分かっていてもなまえのことを悪く言うことは許せなかった。俺達三人のことに他の誰かが口を出すことも。


カッと頭に血が上った俺は、その勢いのまま彼女に言葉をぶつけようとした。けれどそれは後ろから俺の口を塞いだ手によって阻まれた。


「なーに怒ってんの、陣平ちゃん。皆見てるからとりあえず落ち着きなさい」
「・・・・・・っ、萩・・・」
「ほらほら二人ともそんな怖い顔しないの。陣平ちゃんはまず座って」


俺の口元から手を離すと、そのままいつもと変わらない笑顔で隣に座る萩原。その言葉に従って俺は椅子に腰を下ろした。


「学食入ったら二人が喧嘩してたからびっくりしたよ。大丈夫?」

人当たりのいい笑顔。優しい声のトーン。萩原はポケットから煙草を取り出しながら彼女に尋ねた。


「・・・っ、萩原君からも言ってよ・・・」
「何を?」
「陣平君はなまえちゃんに騙されてるの。幼馴染みだからって、陣平君にも萩原君にもベタベタして・・・。あんな子・・・・・・っ・・・!?」


萩原は誰にでも優しい。
相手が女なら尚更だ。

そんなあいつの雰囲気に心を許した彼女がそう言った瞬間、萩原は持っていた煙草の箱をぐしゃりと握り潰した。


その行動に彼女は言葉を詰まらせる。


「二人が喧嘩するのは自由だけど、なまえの悪口なら聞きたくないかな」

表情こそ笑顔だが目の奥が全く笑っていない。それに気付かないほど彼女も馬鹿じゃない。助けを求めるように俺に視線を向けた。


「・・・・・・なまえはお前が言うような奴じゃねぇから。てか全部俺が悪いわ、ごめん」
「っ、ごめんって何?!何に対して謝ってるの?」
「最初から俺が悪かった。お前が不安に思う原因は、全部俺だよ」


感情的に叫ぶ彼女と、それを見て冷静になる俺。まるでそれは対極で、萩は何も言わずに俺達を見ていた。


「松田。場所変えた方がいい、ここだと目立つ」
「あぁ、分かった」


萩原の言葉に頷いた俺は、涙で瞳を潤ませる彼女の腕を引き学食を出た。





「おかえりー」

学食の近くの喫煙スペースで煙草を吸う萩原がひらひらと手を振る。


その隣に立つと俺もポケットから煙草を取り出す。


「悪ぃ、火貸して」
「はいよ」
「サンキュ」


萩から借りたライターで煙草に火をつける。白い煙を口から吐き出しながらふぅと小さくため息をつく。


「大丈夫だったの?彼女」
「多分。心配しなくてもなまえになんかするような感じゃなかったから」
「ならよかったよ」

萩原が吐き出した煙がゆらゆらと空へと消えていく。


別れたいと言った俺に、泣きながら嫌だと言っていた彼女。その姿に胸が痛まないといえば嘘になる。けれどその存在を受け入れる気にはもうなれなかった。


自分の身勝手さに嫌気がさした。
自分の気持ちに鈍感なせいで、関係の無い奴を傷付けた。

その事実に胸が痛んだ。


「俺の言ってたことの意味、分かっただろ?」

灰皿に煙草の灰を落としながら、萩原が少しだけ眉を上げこちらを見た。


「松田は何だかんだで優しいから。誰かを傷付けたって事実に傷付く奴だから心配だったんだよ」
「・・・・・・優しくねぇーよ」
「今の自分の顔見てみろよ、酷い顔してるから」


小さく笑いながら俺の顔を指さす萩原。そのまま俺の肩に腕を回した。


「不器用だよな、陣平ちゃんって」
「は?手先は器用な方だってお前も知ってんだろ」
「ははっ、そういうとこだよ」


なまえのことが好き。

そう認めてしまえば何か変わるんだろうか。

その時、俺達三人は変わらずにいられるんだろうか。



「なぁ、萩原」
「んー?どうかしたのか?」
「俺がなまえのこと好きって言ったら、お前は譲ってくれんの?」

いつかの質問と同じ言葉を萩原に投げかけた。

ぱちぱちと何度か目を瞬かせた萩原は、そのまま口元を緩めケラケラと笑った。



「譲らない。そう言ったらどうするの?」
「っ、それは・・・っ・・・」
「松田らしくないね、そんな風に悩むの。欲しいものは欲しいって突っ走るタイプじゃん」



萩原の言う通りだ。
俺は萩原みたいに大人じゃないし、物分りも良くない。


今までだって欲しいと思ったものは、言葉にしていたし手に入れてきた。


けれどなまえは違う。
壊したくないから。
簡単に欲しいなんて言えない。


しかもその相手が萩原、お前だからだ。


小っ恥ずかしいし、揶揄われるのが分かっているから絶対口には出さない。

けれど萩原。お前は俺にとって特別なんだよ。


なまえと萩原。
二人の幼馴染み。


それは俺にとって失いたくないかけがえのないもの存在なんだ。

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