カミサマ、この恋を | ナノ
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▽ 9-4


side S


交差点で目の前に立つ女性。

信号が青になったにもかかわらず、ぼーっとどこか虚空を見つめながら動こうとしない彼女。心ここに在らずという言葉を具現化したらまさにこの女性の今の状態のことだろう。


信号はやがて赤に変わり、目の前の道を車が行き交う。何を思ったのか、彼女は横断歩道へと足を踏み出そうとした。


「信号、赤ですよ」

思わず腕を掴み止めると、彼女は驚いたように振り返った。


正面から彼女の顔を見ると、かすかに記憶に残るその姿。たしかこの子は・・・・・・、




以前、降谷君と一緒にいた子か。


彼が公安として工藤邸を訪ねてきた数日後、彼の動向を知るため探りを入れていたときに一度だけ見たことのある女性。


公安の女性かとも思ったが、彼女からそんな雰囲気は感じられない。


ちらりと辺りに気を配ると、少し離れた場所でこちらを探る気配があることに気付く。


あれはたしか・・・・・・、降谷君の部下だったか?

スーツに眼鏡姿の男が、こちらを伺うように路地裏から視線を向けていた。


なるほど。

俺が彼女に興味を惹かれたのはそれが理由だった。


どういうわけか公安に見張られている女性。過去に一度だけ見た彼女は、降谷君の隣で楽しげに笑っていたはず。けれど今の彼女はどうだろう。どこか虚ろな瞳で、フラフラと危なげな空気を漂わせている。




「・・・・・・・・・いっそ倒れてしまえたらいいのに」

ぽつりと呟かれたその言葉に、じっと彼女を見つめる。


訳ありか。

彼女は一体降谷君の何なのか。
自身を脅かしかねないあの男の情報を得られるなら、この時間も無駄ではないだろう。


彼女を食事に誘ったのは、そんな理由からだった。





酒の力を借りて他愛もない話をする。最初は警戒心丸出しだったなまえだが、徐々にその警戒心が和らいでいくのが見ていて分かった。


素直な子だ。

俺が勧めたバーボンを美味しそうに飲む姿にそんなことを思う。


“バーボン”

その言葉を聞いても顔色ひとつ変えない彼女は、なにも知らない人間なんだろうか。


結局得られる情報は何も無く、勘定を済ませると店の外に出た。


フラフラと足元の覚束無いなまえ。思っていたより酒を飲ませすぎたようだ。


さすがに女性を一人でこんな時間に放っておくのも悪いだろう。そんな思いから、ふらついた彼女の肩を支えた。


「大丈夫じゃなさそうですね。お送りしますよ」
「っ、そこまでしてもらう訳にはいかないです・・・!」
「気にしなくて大丈夫ですよ。それとも恋人にでも怒られてしまいますか?」


その言葉に深い意味はなかった。
けれどその瞬間、歪んだ彼女の顔。
大きな瞳にじんわりと涙が溜まっていく。


俯いた彼女は涙を堪えているのだろう。下唇を強く噛む。痛々しいその姿を見かねて、気が付くと無意識になまえの頬に手を伸ばしていた。



「そんなに噛むと傷ができる。泣きたいなら我慢しなくていい」
「・・・っ」


何をそんなに耐える必要があるんだろうか。涙を堪える姿が、かつての誰かを思い起こさせた。一体何がそこまで彼女を追い込んでいるんだろう。そんなことを考えてしまう。


とりあえずこんな所で立ちっぱなしでいるわけにもいかないので、彼女の肩を抱いていない方の手を上げタクシーを停めた。


「送ります。とりあえず乗ってください」

路肩に停ったタクシー。後部座席のドアが開かれ、彼女の腕を引く。


そのまま大人しくタクシーに乗ろうとしたなまえの体が、不意に後ろにぐらりと傾いた。







「・・・っ、はぁ、何をしているんですか」
「・・・・・・っ・・・・・・、!!」


はぁはぁと息を切らしながら彼女の腕を引いた男。振り返りその声の持ち主を捉えたなまえの瞳からは、また涙が溢れた。



ほう、これは面白い。

表情には出さないように、心の中でふっと笑う。


いつもきちんと整えた身なりをしている彼だか、今日は様子が違う。走ってここまで来たのだろう、乱れた前髪に少しだけ荒い呼吸。



「おや、あなたはたしかこの前の・・・・・」
「彼女に何をしたんですか」

なまえの腕を掴んだまま、こちらを睨む降谷君。すっとぼけた様子の俺の言葉にイラつきを隠そうともしない。


「・・・・・・っ、違うの。私が酔っただけで沖矢さんは助けてくれて・・・っ・・・」
「なまえは黙ってろ」
「っ!」


俺に噛み付いてくる降谷君を止めようと、なまえが彼の着ていたスーツの裾をひくがその鋭い視線は俺をじっと見据えたままだった。


「お連れの方が来たなら安心ですね。私はこれで失礼します」

これ以上ここで揉めていると目立つ。けれど目の前の彼は、彼女の涙の理由が俺だと思っているらしく引こうとはしない。埒が明かないと判断した俺は、そのまま停めていたタクシーに乗り込んだ。


「出してください」

どうしたものかとオロオロとこちらを見ていた運転手にそう言うと、バタンとドアが閉まる。

走り出したタクシーのミラー越しに、後ろを見る。そこには何やら感情的に話をする彼らの姿があった。


みょうじ なまえ。

調べてみる価値はありそうだ。


降谷君があそこまで感情を露わにするのところを見るのは、“彼”に関わること以外では初めてだった。



“スコッチ”


迷いなく自身に向けて引き金を引いたあの男。目を閉じると今でも鮮明にあの日の光景を思い出すことができた。あの時の降谷君の表情も・・・・・・。

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