カミサマ、この恋を | ナノ
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▽ 9-3



連れてこられたのは、さほど遠くはない飲食店街にあるとあるダイニングバー。

ワイワイとした雰囲気はなく、どこかゆったりと時間の流れる落ち着いた空間だった。



「・・・・・・えっと、これは一体何でしょうか・・・?」

状況が飲み込めずそう呟いた私に、目の前の彼はにっこりと笑みを浮かべる。



「一人で夕食を食べるのも飽きてきていたので、付き合ってもらえるとありがたいのですが」
「展開が色々急すぎて・・・」
「まぁまぁあまり深く考えずに。これも何かの縁ということで」


何飲みますか?とメニューを広げる彼。


新手のナンパか何かなんだろうか。けれど目の前の彼からはそんな下心は感じられなくて、それどころか何を考えているのか全く検討もつかない。


「・・・・・とりあえずビールで」

なるようになれ、と半ばやけくそのような気持ちでビールを指差すと彼は左手を上げ店員を呼ぶ。


しばらくするとビールと彼の頼んだウイスキーがテーブルに運ばれてくる。


「乾杯」

彼はそう言うとグラスを軽く私のグラスにあてた。オレンジ色のライトに照らされた薄暗い店内。薄く開かれた彼の瞳が真っ直ぐにこちらを見据えていた。


思えばこうして誰かと食事を共にするのは久しぶりだ。会社の飲み会も気分が乗らずずっと断っていたし、家でも一人きり。


お酒の肴になるものをいくつか適当に頼んだ彼は、肩肘をテーブルにつきながら口を開いた。


「自己紹介が遅れましたね。私は東都大学の大学院に通っている沖矢昴といいます」


東都大学の大学院生。どうりで賢そうな見た目だ。なんて月並みな感想だけど・・・。


「みょうじ なまえです。ごくごく普通の会社員です」

流れで自己紹介をすることになった私は、小さく頭を下げた。



他愛もない会話。

彼が先程の私の発言に触れることはなく、なんてことのない話ばかり。柔らかい表情で私の話に相槌をうってくれる沖矢さん。聞き上手だな、なんてそんなことを思った。


徐々に彼への警戒心が薄れていくのが自分でもわかった。


初めて会った人とお酒を交わしながら、こんな風に話すなんて危機感がない。

きっと零が今の状況を見たらそんなことを言いながら眉を釣りあげ怒ってきただろう。



なんてね。
今の私にそんな風に心配してくれる人はいない。



久しぶりのアルコールということもあり、いつもより酔いのまわりが早い。酔いのせいか感傷的なことを考えてしまう。


くらくらとする酩酊感。さすがに初対面の人の前で醜態を晒すわけにもいかないので、合間にチェイサーを挟みながらグラスに入ったお酒をあおる。


目の前の彼はずっとロックでウイスキーを飲み続けているはずなのに、顔色ひとつ変わらない。


「お酒強いんですね。ウイスキーって美味しいですか?」
「まぁ弱くはないかと。飲んでみますか?」


元々ビール派な私。酎ハイやカクテルを飲むことはあっても、ウイスキーは数えるくらいしか飲んだことがない。

沖矢さんはまだ半分くらい残っていた自身のグラスをこちらに差し出す。



「じゃあ一口だけ」

グラスを受け取り口に近づける。

ふわりと香る独特な香り。一口口に含むと、甘く柔らかい味わいが広がる。


「飲みやすい!なんかもっときつい系かと思ってました。なんだか甘い気もする」

想像と違った飲みやすさにぱっと顔を上げた私を見て、沖矢さんはふっと口元を緩め笑う。


「バーボンの中でもこれは飲みやすいと思いますよ。フルーティーで爽やかな飲みくちで女性にもおすすめかと」
「へぇ、そうなんだ。お酒詳しいんですね」
「最近バーボンにはまっていてそれで少しだけね。同じもの頼んでみますか?ロックだとキツすぎるかもしれないので、ソーダで割ってみては?」


お洒落な見た目に飲むお酒までお洒落。この空間は彼によく似合っていた。

彼におすすめされた飲み方で店員さんに注文をすると、すぐに運ばれてくるドリンク。


一口飲むと先程より華やかな香りが口の中に広がった。






「そろそろ出ましょうか」

あれから何杯か同じものを頼み飲んだ私。

飲みやすさで完全に忘れていた。
同じアルコールでもビールとウイスキーではアルコール度数が違いすぎるということを。


いつの間にか会計を済ませていた沖矢さんに、腕を支えられながら店の外に出るとまだ少しだけ夏の香りが残る風が頬を撫でた。


「お金!私払ってない・・・!お幾らでした?」
「私が誘ったので今日はご馳走させてください。それより一人で帰れますか?」
「・・・っ、だいじょぶです・・・っ」


そう言いかけた瞬間、足元がふらつき隣にいた彼の腕を思わず掴む。私の肩を支えるように沖矢さんの左腕が回された。


「大丈夫じゃなさそうですね。お送りしますよ」
「っ、そこまでしてもらう訳にはいかないです・・・!」
「気にしなくて大丈夫ですよ。それとも恋人にでも怒られてしまいますか?」


悪戯に笑った沖矢さんのその言葉にズキリと胸が痛んだ。


そんな人、私にはいない。


駄目だ。頭の中では分かっているのに、ぐにゃりと視界が歪む。


泣くな、私。下唇をぐっと噛み必死に堪えるも、瞳に溜まる涙は止まってくれない。


「そんなに噛むと傷ができる。泣きたいなら我慢しなくていい」
「・・・っ」


右頬に触れた沖矢さんの手。
こんな至近距離で誰かの体温を感じるのは随分と久しぶりのことだった。


零とは違う少しだけ体温の低い手。


無意識に零とその手を比べている自分がいた。


思い出したくてももう思い出せないヒロくんの体温。その事実に溜まった涙が零れた。

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