▽ 7-1
すれ違いの毎日。
さすがに一週間も過ぎると、顔を合わすタイミングは何度かあった。
一緒に食事をとる時間、ソファに並び座り他愛もない話をしている時間。
一見するといつもと変わらない日常。
けれどお互い核心に触れることはなかった。
どこかでこのまま時間が過ぎてくれることを祈っていた自分がいたのかもしれない。
お互いに“それ”触れなければ、私達は幼なじみでいられるはず。ずっと変わらずに零は隣にいてくれると信じて疑っていなかった。
それが例え彼の優しさに甘えていたのだとしても、手放してあげられるほど私は強くなれなかった。
*
それは突然のことだった。
「引っ越そうと思うんだ」
一緒に朝食をとっていた私達。食事を終え箸を置いた零は、なんの前置きもなくそう言った。
彼の言葉に私の箸も止まる。
「この近くに引っ越すの?それとも遠く?」
職場からあまり離れた場所じゃなければいいな、なんて考えながら彼に尋ねた。
「なまえはこのままここに住んでてかまわない」
真っ直ぐにこちらを見ながらそう言った彼の言葉が上手く理解できなかった。
なまえは・・・・・・?
「・・・・・・どういう意味?」
少しだけ自分の声が震えている気がしたけれど、それには気付かないふりをした。
「言葉のままだ。俺がここを出て行く」
それはまるで鈍器で頭を殴られたかのような衝撃だった。
零がここを出ていく・・・?
私の傍からいなくなる?
「・・・・・・っ・・・、仕事の都合?また戻ってくるんだよね?」
今度は隠せないほど声が震えていた。
彼の声色と視線がが私の言葉を否定していたから。
「違う。これから先ずっとだ。・・・・・・もう終わりにしよう、なまえ」
昔から変わらない澄んだ青い瞳が真っ直ぐにこちらを見据えていた。
何度も見た事のある意志の強さを感じさせるその瞳。
そうだ、彼はいつも自分がこうと決めたことは絶対に貫くのだ。
上手く言葉が紡げない私。今までの零なら私の言葉を待ってくれただろう。けれど今日は次の言葉を待つことなく話を続けた。
「ずっと考えてたんだ。このままじゃいけないのは分かってた。それでもここになまえの縛り付けたのは俺のエゴでしかなかった」
「・・・・・・っ、そんなこと・・・!」
「俺と一緒にいたらなまえはずっと過去に囚われたままだ。このまま一緒にいたら俺がいつかお前を壊してしまう。それだけはしたくない」
今の零に何を言っても、彼の意見が覆らないことは短くない付き合いの中でよく知っていた。
「幸せになってほしいんだ、なまえには。この世界の誰よりも」
その言葉に視界が歪む。
気が付くと瞳から溢れた涙が、頬を伝っていた。
「景でも俺でもない。きっとどこかにお前を幸せにしてくれる奴がいる。だからもう全部忘れて、ただ幸せになってほしいんだ」
溢れた涙をそっと拭ってくれる零の手はいつもと変わらない温かさだった。
その温度にまた涙が溢れてくる。
「・・・・・・好きになってごめんな」
そう言いながら零は、今まで見たどの笑顔よりも優しく笑った。
ねぇ、ヒロくん。
何が正解だったのかな。
私は零にこんな顔をさせたかったんじゃない。
私がヒロくんをもっと早くに忘れることができたらよかったのかな?
それとも零ともっと向き合って好きになれたらよかったのかな?
どんなに考えても答えは出なかった。
私にとって二人は特別だった。
私が誰よりも大切だった人と、私を誰よりも大切に思ってくれた人。
天秤にかけるなんてできるわけがなかった。
私はこの日、零に一番言わせたくない言葉を言わせてしまったのだ。
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