▽ 5-1
ずっと気付かない振りをしていた零の気持ち。
知ってしまったら今まで通りの関係じゃいられなくなる気がしてた。
ヒロくんとは違うけれど、零も間違いなく私にとって特別な存在なのだ。だからこそ中途半端に気持ちを利用なんかしたくない。
「はぁ・・・」
パソコンと向き合いながら零れたため息に隣に座る同僚が反応する。
「なまえちゃん今日は朝から元気ないね。何かあった?」
その言葉で今が仕事中なことを思い出し、慌てて笑顔を作る。
昨夜、零は私に言葉の返事を求める前に眠りについた。朝起きてからも特に様子はいつもと変わらなくて、お互い仕事へと向かった。
けれどあんな言葉を言われたあとに、いつも通りなんて私にはできるわけなくて朝からその事ばかり考えてしまうのだ。
「ううん、大丈夫だよ。ありがと」
「そうだ!今日のお昼一緒に外で食べない?美味しそうなお店見つけたんだ!」
「うん、いいよ!たぶん定時で休憩入れると思うし」
気晴らしに外に出るのもいいだろう。
同僚の誘いを快諾すると、定時に休憩に入るためにも目の前のパソコンに向き直った。
*
予定通り十二時を少しすぎた頃、私達は休憩に入った。他愛もない話をしながら同僚と二人で、彼女の言うおすすめの店へと辿り着く。
「ここなんだよね!この前別の子達と来たんだけど、ご飯が美味しいの」
「へえ、初めて来た」
「しかも何より、店員さんがイケメンなんだよね」
悪戯っぽく笑う彼女に連れられてきたのは、『ポアロ』と書かれた喫茶店。おおかた彼女の狙いは、そのイケメンだという店員なのだろう。
「いらっしゃいませー!」
迎えてくれたのは、そのイケメン店員さんではなく可愛らしい女性の店員さん。
「こちらの席へどうぞ。すぐお水をお持ちしますね」
席に案内され、彼女がキッチンの方へと戻ると同僚が口を開く。
「今日はあの人休みなのかなー?なまえちゃんにも見て欲しかったのに!」
「あはは、あんまり私そういうの興味ないよ」
「ほんとなまえちゃんってそういう話聞かないよねー。あ!でもこの前飲み会の時イケメンが迎えに来てたってみんなが話してたよ!」
そういえば彼女は、あの日の飲み会にはいなかったっけ。少し前の話なのに、今となってはかなり前のことに思える。
「あー、あの人はただの幼馴染みだよ」
「いいなぁ、イケメンの幼馴染みとか少女漫画の世界じゃん!」
目をキラキラとさせる彼女。
「お待たせしました。お水置いておきますね」
そんな私達の会話を遮るように、聞こえてきた声にぱっと顔を上げる。
「っ!」
思わず声を上げそうになったが、ぐっと飲み込む。そこにいたのは、今朝から私の頭の大半を占めていた零だった。
仕事の関係で、今喫茶店で働いているとは聞いていたがまさかここだったとは・・・。
彼らしくない人あたりのいい笑顔を浮かべながら、同僚から注文をとる彼の姿を盗み見る。
その姿はまるで昨夜のことなんで気にも留めていないように見えて、なんだか余裕がないのが私だけに思えた。
「ご注文お決まりですか?」
「・・・・・・っ、オムライスひとつで!」
そんな私の心の内を知ってか知らずが、笑顔のまま尋ねてきた彼に慌てて『本日のおすすめ』と書かれていたオムライスを注文した。
*
「めちゃくちゃかっこいいでしょ?あの人!」
料理を待つ間、少し興奮気味に同僚がカウンターにいる零を小さく指さした。
「うん、かっこいいね」
「でもいつもあの女の店員さんと仲良さそうなんだよね、ほら!」
彼女の視線を辿ると、カウンター内で笑顔で話す零と女性の店員さん。
戸棚の高いところにある食器を取ろうとする彼女を制し、零がそれを取ってあげているところだった。
それを見た瞬間、ちくりと胸を刺すような痛みを感じた。
思えば零がこうして自分以外の女の人と一緒にいるところを見ることはあまりなかった。
学生時代、誰にでも優しくて人当たりのいいヒロくんは女の子に人気だった。声を掛けられれば優しく返す彼に寄ってくる女の子も多かったのだ。
その反対に零は、たしかにその見た目からモテてはいたけど取っ付き難い性格をしていたせいか女の子達が表立って声を掛けるということはなかった。
「・・・ちゃん?なまえちゃん?」
「っ、ごめん、ぼーっとしてた」
遠い昔、学生時代に思いを馳せていた私を同僚の声が引き戻す。
「お待たせしました、オムライスとナポリタンです」
そうこうしている間に、零が料理を持ってテーブルにやって来る。
「熱いので気を付けてくださいね」
そう言って笑う彼の顔が、まるで自分の知らない人に思えた。
そして同僚にもその笑顔を向ける彼。それも仕事の内なんだろう。けれど胸の奥の黒くてどろどろとした何かは消えない。
見たくない。そう思ってしまったのは、私の自分勝手な独占欲だろう。
私はなんて身勝手なんだろう。
自分の心の中には、今もこんなにヒロくんがいるというのに・・・・・・。
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