▽ 4-5
side R
きっとなまえの心は、俺が想像する以上にボロボロだったんだろう。
それを癒してやれるのは俺じゃない。悔しいけれど、それはよく分かっていた。
あいつの名前を呼びながら泣くなまえを見たのは久しぶりだった。
髪を乾かし終えて、服を着替えさせるとそのままベッドへと連れていく。
「今日はもうこのまま寝ろ」
布団に入った彼女の目を右手で覆う。
「・・・・・・おやすみ、なまえ」
その言葉を残して部屋を出た。いつもなら彼女が寝るまでそばにいてやっただろう。でも今日は、それをしてあげれるほど心に余裕がなかった。
*
夜が深まっても、俺は眠りにつくことができなかった。
自室のベッドで横になってはいるものの、眠気が襲ってくることはない。
「はぁ・・・・・・」
小さくこぼれたため息。するとガチャりとドアが開いた。
「・・・・・・・・・れい・・・、一緒に寝ていい・・・?」
どこか虚ろでふわふわとしたなまえがベッドの横にやってくる。
きっと彼女は俺が断らないことを知っている。
「・・・・・・ほら、早く入れ」
「うん、ありがとう・・・」
少し壁側に寄り、布団をめくると彼女はその空いたスペースにすっぽりとおさまる。
そのまま俺の胸の方へと擦り寄ってくる。
「・・・・・・零、ごめんね」
その小さな肩を拒めるはずのない俺は、そっと左腕で彼女を引き寄せる。
「謝らなくていい」
そのまま頭を撫でると、猫のようにまた擦り寄ってくる彼女。ふわりと髪から香る甘い香りは、まるで毒のように俺の心を締め付けた。
「・・・・・・もう疲れたよ、私。いつもヒロくんのことを探しちゃうの。何をしてても思い出す。今日もヒロくんに似た人見ただけであのザマだもん・・・」
そういう事か。彼女が取り乱していた理由がわかり、安心したような悲しいような。
「忘れたくないのに忘れたい。もう心の中がぐちゃぐちゃなの・・・」
弱々しいその呟き。その気持ちは痛いくらいに理解できた。日常の中であいつを探してしまう、それは俺も同じだった。
「忘れられないのは俺も同じだ」
こんなとき景ならどうするんだろう。なまえが泣く度、そんなことばかり考えた。
「・・・・・・・・・零のこと好きになれたら幸せなのかな」
涙で潤んだ瞳で見上げながらそんなことを言うなまえ。もう何年も惚れている女にそんなことを言われて理性が保てる男がいるんだろうか。
ぐらりと揺らいだ理性をぐっと押しとどめる。
「何言ってんだ、馬鹿・・・」
口から出たのは、そんな憎まれ口。けれどなまえはそんな俺の頬へと手を伸ばす。
「何回も思ったよ。零のこと好きになりたいって。そしたら幸せかなって。でもね、私零のことだけは利用したくない、傷付けたくないの」
景を忘れる為に俺と付き合う。彼女の中にその選択肢はないんだろう。そんな簡単に利用できるほど、なまえの中で俺は軽い存在ではないことは自分でもわかっていた。
「・・・・・・・・・それでもいいよ」
「え?」
もう限界だった。好きな女が他の男を想って泣くところはもう見たくない。
ごめん、景・・・・・・。
心の中で幼なじみに謝るが、彼にその気持ちは届いたんだろうか。
「俺はずっとなまえのことが好きだったよ。この気持ち利用してくれてかまわない。景を忘れられなくていい、そのままのなまえでいい。俺と一緒にいてほしいんだ」
「・・・・・・零・・・」
ぐっと背中に回す手に力を入れて抱き寄せても、彼女がその腕を振り払うことはなかった。
言ってしまった。
きっと彼女は俺の気持ちには気付いていただろう。けれどお互いにそれに触れることはなかった。そのおかげで保たれていた俺達の均衡が、俺の一言で崩れたのだ。
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