▽ 4-4
結局一日中降り止まない雨のせいで、せっかく休みだというのに私はずっと家でごろごろと過ごしていた。
陽もすっかり傾きあっという間に夜がきた。喉が渇き冷蔵庫を開けると、いつも零が飲んでいる珈琲のパックが残り少ないことに気付く。
「コンビニでも行こっかな」
もう少しで彼も帰ってくるだろう。その前にコンビニに行って買ってきてあげよう。ついでに自分のおやつも!なんて考えながら財布を手に取り家を出る。
手早く買い物をすませ、立てかけてあったビニール傘を広げ雨粒の中へと一歩踏み出した。
「お姉さん!何してるの一人で」
「もしかして暇?」
そんな私の進行方向を遮るように、チャラチャラとした若い男性が声をかけてくる。
だっる。早く帰りたいのに。心の声が思わず表情にでる。
「めちゃくちゃ嫌そうな顔するじゃん!」
ケラケラと笑いながらそう言う彼に尚更苛立ちが募る。分かっているならそこをどいて欲しい。
「・・・・・・はぁ、邪魔」
小さくため息をつくと、そんな私の態度が気に入らなかったのかもう一人の男が突っかかってくる。
「ねぇ、お姉さん。そんな態度とらなくてもいいじゃん、せっかく声かけたのに」
「・・・っ!」
腕を掴まれ、全身に嫌な感覚が走る。
「離して、痛い」
「俺そんな風に睨まれたらぞくぞくしちゃう」
気持ち悪い。ヘラヘラと笑う男の腕を振り払おうとするけれど、そこは男女。力の差から振り払うことができない。
「オレの連れに絡むのはやめてくれないかな?」
「「っ!」」
背後から聞こえてきた声。その声にびくりと反応した男の手が腕から離れる。その隙にぱっと彼らから距離をとる。
「なんだよ、男いたのかよ」
「だりーな、まじで」
口々に悪態をつきながらその場を後にする彼ら。つくづく腹の立つ連中だ。
「あの、ありがとうございました。助かりま・・・・・・っ・・・」
助けてくれた男性にお礼を言おうと振り返ったその瞬間、言葉を失った。
「どういたしまして。女の子一人だと危ないから気をつけなきゃ駄目だよ?」
優しく笑ってそう言った彼の姿に息を飲む。
「・・・・・・・・・・・・・・・ヒロ・・・・・・くん・・・」
「え?」
不思議そうにこちらを見る彼は、ヒロくんにとてもよく似ていたのだ。
ぶんぶんと首を横に振り、頭を正常に働かせようと努める。彼がここにいるはずがないのだ、他人の空似だ。ぐっと一度瞳を閉じて開く。そして目の前の彼を見た。
よく見るとヒロくんとは確かに似ているが別人だ。
・・・・・・当たり前か。ここに彼がいるはずがないのだ。
「大丈夫?家まで送ろうか?」
「・・・いえ、大丈夫です。助けてくれて本当にありがとうございました」
ぺこりと頭を下げると、彼に背を向けて小走りにコンビニを後にする。「またねー」と背後から聞こえてきた声は聞こえないふりをした。
もう嫌だ。
弱い自分が嫌いだ。
日常の中にヒロくんを探してしまう。似ている人を見ただけでここまで動揺してしまう。
走って帰ってきたせいで、傘が意味をなしてなかった。私の体はびしょ濡れだった。
勢いよく玄関の鍵を開けると、そのまま玄関に膝をついて蹲った。
「なまえ?帰ったのか?・・・って、何があったんだよ!」
すでに家に帰ってきていたらしい零が、リビングからでてきてそんな私の姿に慌てて駆け寄ってくる。
「びしょ濡れじゃないか。風邪ひくぞ、さっさと中に入れ」
そんな彼の言葉が上手く耳に入ってこない。音としては聞こえているのに、体がちゃんと動かないのだ。
「・・・・・・行くぞ」
座り込んだままの私を零は軽々と抱き上げ、リビングへと連れていく。
「・・・・・・零、濡れるよ。風邪ひいちゃう」
びしょ濡れの私を抱きあげれば彼も濡れてしまう。
「はぁ・・・、それはお前もだろ。体強くないんだから風邪ひくぞ」
そのままソファの下におろされる。タオルを持ってきた彼が優しく髪の毛を拭いてくれる。
「・・・・・・っ・・・・・・」
その手の優しさに、何故か涙が溢れた。
震える肩と漏れる嗚咽にきっと零も気付いているだろう。
けれど彼はなにも聞いてこない。
それが彼の優しさなんだろう。
「・・・・・・・・・ヒロくんに・・・会いたい」
ぽつりと呟いてしまったその言葉に、零の手が一瞬止まる。
最低だ、私。
その台詞が彼を傷付けると知っているのに。
それでもあの日からチグハグになった心が、張り裂けそうなほど痛むのだ。
「・・・・・・ごめんな、なまえ」
謝らないで・・・・・・。
零は何も悪くないのに・・・・・・。
雨の雫か、涙なのか、また頬を水滴がつたった。
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