▽ 4-3
(※ 独自解釈強めなので苦手な方はご注意ください)
side R
なまえに見送られて家を出る。駐車場に停めてある愛車に乗り、エンジンをかけた。
「そういえばあの日も雨だったな・・・・・・」
フロントガラスを容赦なく打ちつける雨粒達を見ながら、“あの日”に記憶を馳せた。
*
景が死んだ日。
俺が向かったのは、なまえの元だった。
今思えば話すべきじゃなかったのかもしれない。
けれどどうしても一人で抱えることができなかったのだ。
冷たくなったあいつの身体。目の前に広がる鮮やかな赤色。撃ち抜かれたスマホ。
彼が何を守ろうとしたのかは、一目瞭然だった。
もちろん公安の奴らの情報が漏れることを恐れたのもあるだろう。けれどきっと一番の理由は・・・・・・。
「さっきから何見てるんだ?」 「写真だよ。どうしてもこの一枚だけ消せなかったんだ」 「・・・・・・これ、高校の時に三人で撮ったやつか」 「あぁ、このなまえ可愛いだろ」いつの日だったか、組織の任務の帰り道の車の中で景が見せてくれた写真。
なまえに関わるものは全て処分した彼がたった一枚だけ残していたもの。それは高校の頃、なまえの家で三人で撮った写真だった。
久しぶりに会ったにも関わらず、なまえはいつもと様子の違う俺を心配してくれた。ずっと音信不通だったことを責めるわけでもなく、「大丈夫だよ」と繰り返しながら背中を摩ってくれた。その小さな手は一生忘れることはないだろう。
俺は全てをなまえに話した。
自分達が何をしていたのか。どうして景がなまえに別れを告げたのか。そして・・・・・・・・・景が亡くなったことも。
「・・・・・・・・・嘘・・・・・・だよね・・・?」
テレビも何もついていない静まり返ったなまえの部屋。真実を告げると、なまえは俺に縋った。
「笑えないよ・・・・・・そんな冗談・・・・・・。いくら零でも怒るよ・・・・・・」
「・・・・・・っ・・・、嘘じゃないんだ。こんな嘘つくわけないだろ・・・」
「・・・・・・っ!!!!」
なまえは俺の服を掴んだまま泣き崩れた。それは景が別れを告げたあの日とは比べ物にならない痛々しさだった。
「・・・ヒロくん・・・・・・っ、ヒロ・・・っ・・・」
うわ言のようにあいつの名前を繰り返していたなまえがふらふらと立ち上がる。
「・・・・・・なまえ?」
名前を呼んでも彼女の瞳は俺を映さない。
「・・・寂しいよね、一人じゃ・・・。大丈夫だよ、ずっと一緒にいるって約束したもんね」
そう言いながら彼女が向かったのはキッチン。そしてキッチン下に片付けられていた包丁を取り出した。
「・・・・・・っ!!!なにやってんだよ!やめろ!」
慌てて彼女から包丁を奪う。
抵抗したものの、彼女が力で俺にかなうはずがない。
「・・・・・・死なせてよ・・・零・・・っ!ヒロくんが一人で寂しがってるの・・・」
膝から崩れ落ちたなまえが俺に懇願する。
迷いなくあいつの為に死を選ぼうとする彼女の姿に腹が立った。景がそんなことを望むはずがないだろう。彼女だってそんなことはわかっていたはずだ。
けれどその苛立ちと同時に羨ましくも思った。それほどまでになまえは景を思っていたのだ。一方的に別れを告げられた後も・・・・・・。
「・・・・・・俺にはもうなまえしかいないんだ・・・。一人にしないでくれ・・・」
彼女にとっては呪いの言葉だったかもしれない。優しい彼女が、俺のことも大切に思ってくれていることは知っていた。その優しさを利用したのは俺だ。
「・・・・・・零・・・・・・っ」
二人で泣いたのは、後にも先にもこの日だけだった。
そこから俺達の奇妙な同居生活が始まったのだ。同じ痛みを分け合ったもの同士。表向きは、全ての秘密を知ったなまえに危険が及ばないように、目の届くところにいてほしいという理由だった。
けれど本音は、これ以上何かを失いたくなかったんだ。
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