▽ 3-3
夢を見た。
それは私にとって人生で一番思い出したくない記憶だった。
*
私とヒロくんが付き合い始めた時、零は少し難しい顔をしていた。それでも「おめでとう」と言ってくれた。きっとヒロくんをとられたのが悔しかったんだろう。あの小学生の頃の私の気持ちを、彼が今味わってるんだと思うとしてやったりと思った。それで零をからかって怒られたっけ。
もちろんヒロくんと二人で過ごす時間もあったけれど、三人で過ごす時間が変わることは無かった。
私と零がふざけて喧嘩して、ヒロくんが笑ってそれを宥める。そんな時間が好きだった。
高校を卒業してからも、私達三人は変わらなかった。
彼らが警察学校へと進み、私が一般企業に勤めだしてからも忙しい合間を縫って同じ時間を過ごしていた。
頻繁に連絡がとれなくても、ヒロくんは公衆電話から電話をくれたり、外出できるときは二人で遊ぶこともできた。
幸せだった。
本当に幸せだった。
でもある日、私はヒロくんに二回目のさよならを告げられた。
「・・・・・・なんで・・・?」
「ごめん、なまえ」
涙が止まらなかった。泣いて縋っても彼は、「ごめん」を繰り返すばかりだった。
どんなに泣いても、彼はもう私の頭を撫でてくれることはなかった。
ヒロくんが帰った部屋は、しんと静まりかえっていた。ひとりぼっちになった部屋で、チクタクと時計の音だけが響いていた。
どれくらいの時間が流れたんだろうか。
電気もつけていない真っ暗な部屋。扉を開く音がした。
「・・・・・・っ・・・ヒロくん・・・?!」
淡い期待をこめて名前を呼んだが、返ってきたのは求めていた人の声ではなかった。
「なまえ・・・・・」
「・・・れ・・・い・・・」
まるで自分がフラれたかのように悲しそうな表情の零がそこに立っていた。
私の隣に座り、何も聞かずに頭を撫でてくれた。ヒロくんとは違う手。当たり前のことなのにまた涙がこぼれた。
「・・・・・・っ・・・なにが・・・駄目だったのかな・・・っ・・・」
「・・・・・・なまえは何も悪くない」
「・・・ずっと一緒って・・・っ・・・」
「ごめんな・・・」
なんでそんなに苦しそうな顔をしてるの?なんで私に謝るの?この時の私は自分のことでいっぱいいっぱいだった。
なんで零がここまで苦しそうな表情なのか、なんでごめんと繰り返すのかそこまで考えられなかったのだ。
その日私は、涙が枯れるんじゃないかってくらい泣いた。気が付いたら泣き疲れて意識を失っていて、目が覚めたらベットの上だった。
部屋を見回しても、そこに零の姿はなかった。
代わりにあったのは、紙切れが一枚。
[ちゃんと飯は食えよ。睡眠も取らなきゃ駄目だ。どんなに辛くても俺はなまえの味方だから。なにかあったら連絡してこい。090-××××-××××]
零の字だった。目の前の文字を理解しようとする気持ちと、なにもかも投げ出して考えたくない気持ち。色んな気持ちが心の中でぐちゃぐちゃだった。
この日を境に、私達三人の時間が止まった。
数日後にやっぱりもう一度話したいと思ってヒロくんに電話をしたけれど、その電話は繋がることがなかった。機械的な音声が繰り返される。私はここまで彼に拒否されるほどの何かをしてしまったんだろうか。
毎日泣いた。こんなに悲しいことがあるんだろうかと思った。
この時の私は知らなかった。
この悲しさなんて比じゃない絶望がこの世に存在していることを。
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