▽ 2-3
高校へ進学したあとも、私達の関係は変わらなかった。
当たり前のように、ヒロくんと同じ高校に進学した私。そこには当然、零もいた。
*
試験前のある日。
珍しくこの日は、零がいなくてヒロくんと二人で彼の家で勉強していた。
お互いの勉強をしつつ、わからないところがあれば教えてくれる。いつの間にか勉強に集中していた私。気が付くと隣からすーすーという寝息が聞こえてきた。
「・・・・・・珍しい」
ヒロくんがこんな風に、うたた寝するなんて珍しいこともあるものだ。疲れてるんだろうな、と思って近くにあったブランケットを彼の肩にそっとかけてあげる。
伏せられた瞳にかかる長いまつ毛。整ったその顔をぼーっと見つめる。
「やっぱりかっこいい」
思わず頬が熱を帯びるのが自分でもわかった。
高校生ともなると、周りでも彼氏彼女ができる子も多く、この幼馴染みを意識することが増えた。
小さい頃からずっとヒロくんのことが大好きだ。ずっとずっと、彼のことが好きだった。
優しいところが好き。なまえって呼んでくれる声が好き。零と悪ふざけしてるときの、少し意地悪な笑顔が好き。
あの時、ボロボロだった彼の隣にいたいと思った。零のおかげでトラウマは克服したのかもしれないけれど、彼にとって安らぐ存在になりたいと思った。
「・・・・・・っ・・・、うっ・・・」
規則的に聞こえていた寝息が途切れ、苦しそうな声が漏れた。さっきまで気持ちよさそうに寝ていたのに、今は苦しそうに眉間に皺がよっている。
もしかして・・・・・・。
頭に過ったひとつの疑惑。
「・・・っ・・・父さん・・・っ、母さ・・・んっ・・・」
その言葉で疑惑が確信へと変わる。
彼の時間は、あの日から進んでいないのだ。
零と出会って少しは前に進んだのかもしれない。それでもこうやって、魘される夜は何度あったんだろうか。
何もしてあげれなかった。悔しさともどかしさから、うっすらと瞳が水分の膜におおわれる。あの日の夢の中に、彼を一人にしたくなくて思わず肩に触れると、ヒロくんはそっと瞳を開き体を起こした。
「・・・んっ、なまえ?どした?泣いてるのか?」
「・・・ヒロ・・・くん・・・っ・・・」
目に涙を浮かべる私を見て、ヒロくんは心配そうに眉を寄せた。今にも零れそうな涙を、そっと拭ってくれる。
「何があった?辛いことがあるのか?」
そのままその手は頭へとのせられ、いつものように優しく髪を撫でてくれる。
この人はどうしてこんなに優しいんだろうか。自分の心の傷より、私の事を真っ先に心配してくれる。
どうやったらこの気持ちを伝えることができるんだろうか。
「・・・ヒロくん、あの日の夢・・・見てたの・・・?」
「・・・っ・・・!」
「私いつもヒロくんにもらってばっかり・・・っ・・・。何もしてあげれなくて・・・っ・・・、支えてあげたいのに・・・っ・・・」
嗚咽混じりに紡いだ言葉。ヒロくんの肩口に顔を埋めると、ぽんぽんと背中を摩ってくれる。私に比べて大きな手、この手はいつも安心感と優しさをくれた。私はなにか返せているのかな。
「・・・なまえがいるから、オレは今こうやって毎日笑って過ごせてるんだよ。何もしてあげれてないなんて言わないでくれよ」
「・・・ヒロくん・・・」
「なまえがあの時、ずっと一緒にいるって言ってくれて救われたんだ」
目尻を下げて優しく笑うヒロくん。その姿は嘘や慰めを言っているようには見えなくて、先程とは違った意味で涙が溢れそうになる。
彼は私の背中を摩る手を止め、そのままそっと抱き締められる。それは異性としての抱擁というよりは、小さな子供をあやす様な優しい抱擁。そういえば、小さい頃泣いていたらよくこうやって抱きしめてくれていたっけ。
私の肩口にちょうどヒロくんの顔があり、彼の吐息がとても近くに聞こえる。
「・・・なまえがいつも手紙に書いくれてただろう。一人じゃないよ、大好きだよって。離れていてもこうやって大事に思ってくれてる人がいるって、物凄く嬉しかったんだ」
「うん・・・」
「東京でまたなまえに会えて、零となまえとオレの三人で過ごせることが幸せなんだよ」
耳元で紡がれる言葉が心地いい。私や零と一緒にいる時の、ヒロくんの笑顔が心からの物だったならそれだけでいい。
「・・・ヒロくん・・・大好きだよ・・・」
思わず口から零れたのは、今までにも何度も彼に伝えた言葉だった。
幼い頃の好きとは違う。これはきっと異性としての好きだろう。私に向けられているヒロくんの優しさが、他の誰かに向けられると思うと、胸がちりちりと痛む。
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