▽ 2-7
「えっと、赤井さんは本当になんの関係もなくて・・・・・・」
とりあえず彼が一番勘違いしている部分をまずは正した。
「本当に?」
「本当です。そもそも最近忙しいみたいで会ってすらないですし」
これも本当で、赤井さんはなにやらFBIのお仕事が忙しいらしく喫茶店を訪ねてくる機会もここ最近は減ったのだ。
何をどう伝えるべきか、うーんと頭の中で考える。変に隠しても彼はお見通しだろうし、ありのままを伝える方がいいか。そう判断した私は、口を開いた。
「あの公園で高校生くらいの男の子に会ったんです。怪我してたみたいだったから、軽く手当してあげたんですけど人懐っこい子でしばらく喋ってただけですよ」
「大丈夫だったのか?その子」
こういう時に自然とその相手の心配を心配する言葉がでるところが、降谷さんの優しいところだと思う。
「怪我はそこまで酷くなかったんですけど、時間も遅かったから何か良くないことに巻き込まれたのかなって心配になって・・・・・・。無理しないでねって声掛けたんですけど、彼には彼の事情があると思うしでしゃばっちゃったかなって思って・・・」
私が会ったのは、怪盗キッドではなく黒羽くんだ。この気持ちは嘘ではないだろう。
人あたりもよく笑顔を絶やさなかった彼だが、その後ろ姿はどこか危うさを感じるものだった。
「そういうことだったのか。問い詰めるみたいなことをしてごめん」
話に納得した降谷さんの両腕が私の体を抱き寄せる。そのまま首元で再び小さな声でごめんと繰り返した。
「私の方こそ心配かけてごめんなさい」
広い背中に私も手を回す。心配をかけてしまったことは事実だ。申し訳ない気持ちがふつふつと湧き上がる。
「その子にどんな事情があるのかはわからないけど、なまえが純粋にその子を心配していた気持ちはちゃんと届いてるよ」
「・・・・・・うん、そうだったらいいな」
この人はいつも私の望む言葉をくれる。
それになんど心を救われたんだろうか。
小さな心の中のモヤモヤも、彼はすくい上げて向き合ってくれる。
「・・・・・・なんか俺かっこ悪いな」
「え?」
彼らしくない自嘲的な笑い声と共にこぼれた呟き。
「俺が知らないなまえの世界があるのは当たり前なのに、さっきみたいに知らないことで不安になる。なまえが離れていったらって考えたら・・・・・・」
そこで言葉を区切った彼。私より大きなはずの背中が、この時ばかりは少し小さく感じた。
「・・・・・・私だって不安になりますよ」
「え?」
「降谷さんには私の知らない繋がりや世界があるし、私にはもったいないくらい素敵な人だと思ってるから・・・。隣にいるのが私でいいのかなって心配になることもありますよ」
本当に私は彼にふさわしいんだろうか。もっと素敵な人がいるんじゃないか。彼が誰かに目移りしたらどうしよう。そんなことを考え出したらキリがない。
「でもやっぱりどんなに不安になっても、色んなことを考えても、大好きな気持ちは誰にも負ける気がしないし負けなくないなって思うんです」
これが私の出した結論だ。
私より優れた人は沢山いるだろう。それでも降谷さんを想う気持ちだけは、誰にも負けない自信があった。
「・・・・・・俺も。それだけは誰にも負けないな」
「だったら何も問題ないですよ」
少しだけ恥ずかしそうに、右手で自分の顔を隠す彼。その手を軽くよけると、綺麗な青い瞳と視線が絡み合う。
「大好きですよ」
「・・・っ」
そのまま唇を重ねると、その瞳が僅かにひらかれる。至近距離で絡み合う視線に僅かな恥ずかしさと大きな幸せを感じるのだった。
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