続・もし出会わなければ | ナノ
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▽ 9-8



Another side

「・・・・・・・・私、自分が嫌いです・・・」


虚ろな目をしたなまえはそう呟いた。


いつも前を向いていた彼女の瞳をここまで曇らせたものは一体何なのか。見えないその存在に、ふつふつと怒りが込み上げてくるのが自分でも分かった。


笑っていてほしいと願った相手。


例え隣にいるのが自分じゃなくても、降谷君の隣で幸せそうに笑っているなまえを見ていられたらそれでよかったのだ。


「・・・・・・今日、ベルモットに会ったんです・・・」
「っ、何だと?」

予想していなかった名前に、思わずなまえの方に少し身を乗り出した。


「何かされたのか?怪我は?」
「・・・平気です。彼女には何もされてません。一緒に買い物をして、美容院に連れていってもらっただけ」

その時の状況を思い出したのか、クスリと笑った彼女。けれどその目は虚ろなままで一ミリも笑ってはいなかった。


「その後ホテルに連れていってもらったんです。あんな高そうなホテル初めて行ったな」
「・・・・・・」
「VIP専用っていう部屋でご飯食べたんですよ。夜景も綺麗で、レストランフロアもそこからは良く見えて・・・・・・っ」

言葉を続けるなまえ。

抑揚のないその声は、何故か俺の胸にささった。


これ以上喋らせるべきじゃない。

頭の中で何かが警笛を鳴らした。



「・・・・・・なまえ、もう何も言わなくていい」

話を遮る俺の言葉は彼女には届いていない。


一度語り出した彼女の口は止まらなかった。


「・・・っ・・・そこに零くんがいたんです。すごく綺麗な人と一緒だった。ベルモットは組織の任務の一つだって・・・っ・・・。そのまま二人で部屋に・・・っ・・・」

そこまで話したなまえは、ひゅっと息を飲み言葉を詰まらせた。




「・・・・・・っ、ごほっ!・・・っ・・・!!」

胸に手を当ててそのまま咳き込み始めた彼女。ヒューヒューと息が漏れるその口は、上手く呼吸ができないようだった。



過呼吸。


その時の様子がフラッシュバックしたんだろう。苦しそうに必死に息を吸おうとする彼女。その瞳からは涙が零れ落ちていた。



俺はなまえの腕を引き、震える彼女の小さな体を引き抱きしめた。


「なまえ、大丈夫だ。大丈夫だからゆっくり息を吐くんだ」
「・・・っ・・・っ・・・!」
「ここには俺しかいない。だから大丈夫。落ち着いて息をするんだ」


声をかけながら、肩で息をする彼女の背中をそのまま撫で続ける。



どれくらいの時間が経ったんだろうか。


少しずつ落ち着きを取り戻したなまえが潤んだ瞳で俺を見た。



「・・・っ・・・、こんな自分が嫌い・・・。どんなことでも受け止めるつもりだったのに・・・っ」

そのまま俺の胸元に顔を埋めて、子供のように声を上げて泣き始めたなまえ。


彼女がここまで感情を露にすることなんてほとんどない。特に降谷君と付き合い初めてからは、俺の前で弱さを見せることなんてほとんどなかった。


そんな彼女が今、俺の腕の中で声を上げて泣いている。それほどまでに彼女の心は限界だったんだろう。


何と声をかけるべきなのか、最適な言葉が見つからなかった。


彼女が許せないのは、そんな場面をわざと見せたベルモットでも、降谷君の行動でもない。


降谷君のことを受け止めきれない自身の気持ちなんだ。



どうしてお前はそこまで傷付いても彼を想うんだ・・・っ・・・?


らしくもなく込み上げてきた感情に、俺はぐっと奥歯を噛み締めた。






泣き疲れたなまえは、いつの間にか気を失ったかのように俺の肩に頭を預けて眠りにおちた。


頬に残る涙の後を拭い、そのまま彼女の体を抱き上げる。

そっと起こさないように奥にあるベッドに横たわらせると、目にかかっていた前髪を払う。


「・・・・・・・・・そんなに傷付いても降谷君がいいのか?」

それは返ってくることのない問いかけ。

俺となまえの二人しかいない部屋にその言葉は静かに溶けて消える。


起きている時より少しだけ和らいだ彼女の顔を見ていると、机の上に置いてあった彼女の携帯が短く鳴る。


悪いと思いつつも表向きに置かれていた携帯を見ると、そこには予想通りの人物の名前とメッセージ。



『何処にいるんだ?』

たった一言。通知されたそのメッセージ。


ぶつけようのない腹立たしさが込み上げてくる。


きっとホテルからなまえの家に戻った彼が、彼女が家にいないことに気付き連絡してきたんだろう。なまえは普段黙って外泊なんてしないだろうし、彼とて心配しているんだろう。


しばらくすると、今度は着信音が鳴る。


鳴り止まないその音。俺はそっと携帯に手を伸ばし、マナーモードのスイッチを入れた。


事情を彼に説明するべきなのかもしれない。

頭では分かっていても心がそれを否定した。


彼だって仕事の一つなのだ。
その立場は誰よりも分かるつもりだ。

俺が彼の立場だとしても、同じ行動をしないとは言い切れない。


それでもあんな風に取り乱したなまえを見た今、彼のことを考えられるほど俺は大人にはなれなかった。

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