▽ 8-10
仕事が休みの日はいつもより遅くまで眠ることが多い私。
零くんが来る日なら話は別だが、あいにくいつもの仕事に加えて、ツインタワーの件を色々と調べている彼は忙しいらしく今日はそんな予定もない。太陽が少しだけ高く昇った頃、ようやくベッドから出た。
眠い目をこすりながら紅茶を淹れていると、机の上に置いていた携帯が着信を知らせる。
「もしもし」
『今起きたのか?おはよう』
「おはようございます。ちょっと寝すぎましたね」
電話の相手は赤井さん。彼から電話がかかってくるなんて久しぶりだ。
『たまにはいいだろ。今電話大丈夫か?』
「はい、大丈夫ですよ」
ソファに腰を下ろしながら答える。
電話の内容は今日の夕方少し会えるかというもの。彼から誘ってくれるのは珍しい。
零くんの手前、必要以上に私に絡むことはなかった彼。もしかしたら何かあったのかもしれない。
断る理由もないので了承すると、待ち合わせ場所と時間を告げられる。
『降谷君にはちゃんと話してから来るんだぞ。後で怒られるのはごめんだからな』
「わかりました」
冗談めかして笑った赤井さんだったが、なまじそれが冗談にならないから笑えない。
電話を切った私はそのまま零くんにメッセージを打つ。
『今日の夕方少しだけ赤井さんに会ってきます。何の話かわからないので、また連絡するね』
電話をしようかなと思ったが、仕事中かもしれない零くんの邪魔をするのもな・・・、と思ってそれだけ送った。
すると五分も経たないうちにまた携帯が着信を知らせる。
「・・・・・・げ」
そこに表示されている名前を見て、思わずそんな声が漏れた。
「もしも・・・『なんでわざわざ休みにあいつと会うんだ?』
もしもしって言い終わる前に聞こえてきた聞き慣れた彼の声。
その声はいつもより不機嫌さを孕んでいて、赤井さん絡みとなると彼は少し子供っぽくなるのだなと改めて思う。
「話したいことがあるって言われたの。何のことか分からないけど、ちょうど休みで時間もあったし」
『あの男のことだからなまえが休みなこと分かって誘ってきたんだろ』
私のシフトを把握しているほど赤井さんは暇じゃないと思う。むしろそれを把握しているのは零くんの方・・・・・・、なんて言いかけた言葉を飲み込む。
「とりあえず何の話か気になるし行ってくるよ」
『・・・・・・終わったら連絡してくれ。迎えに行く』
「零くん仕事は?」
彼の後ろからは人の声がする。恐らく仕事中なんだろう。
『夕方だろ?それまでに終わらす。あいつの車になんか乗るなよ』
赤井さんに会えばきっと帰りは車で送ってくれるだろう。それを想像してるであろう零くん。
「わかった、連絡するね。お仕事頑張って」
『ん。ありがとう』
ツーツーと聞こえてくる機械音。
彼の小さな嫉妬に頬が緩むのだから、私もなかなか重症らしい。
携帯を机に置き、緩む頬を両手で覆った。
*
「嫉妬深い恋人は平気だったか?」
「冗談にならないです、それ」
カフェで向かい合って座りながら、珈琲を口元に運びながら笑うのは昴さん。
お昼間の電話でのやり取りを話すと、彼は楽しそうに笑った。
「彼がここに来る前に本題に入ろうか」
真剣な瞳をした昴さんが珈琲のカップを机に置き、腕を組みながら口を開いた。
「シェリー。その正体を知っているか?」
「・・・・・・っ」
「ボウヤのことを知っているんだ、彼女のことも知っているだろうなとは思っていたよ」
シェリー。
今は薬で幼児化して、灰原哀としてコナン君の近くにいる彼女。
「彼女がどうしたんですか?」
「最近になってジンが彼女の情報を掴んだらしい。最も、以前から彼女の捜索はされていたんだがずっと行方がわかっていなかった」
ジン。
その男の名前に背中を嫌な汗が伝う。
「情報って・・・?」
「彼女に姉がいたことは知っているよな?」
こくりと頷くと昴さんは話を続けた。
「その姉の残したマンションがあったんだ。そこにある電話に彼女が何度か電話をかけているらしい。その場所をジンが見つけたんだ」
「・・・・・・っ」
「幸いにも逆探知される前に、ボウヤが電話線を抜いたらしい。だから彼女の居場所まではバレていない」
「良かった・・・っ」
「ここからが問題だ。今度のツインタワーのオープンパーティーに行くと留守番電話に彼女が入れてしまったらしい。きっとそれをジンは聞いている」
「オープンパーティ・・・」
「なまえも誘われているんだろ?ボウヤから聞いた」
この前零くんに貰った招待状を思い出し、小さく頷く。
「・・・・・・行くな。と言ってもなまえは聞かないんだろうな」
昴さんは困ったように小さく笑った。
「零くんや皆が心配なんです。組織が絡むならなおさら・・・」
机の上でぎゅっと手を握る。
俯いた私の頭を昴さんはぽんぽんと撫でる。零くんとは違う少しだけ骨張った温度の低い手。けれど私のことを心配してくれる優しい手。
「気をつけろよ。奴らが絡むとなれば降谷君も立場がある。なまえのことは何があっても守ると信じているが、危険な真似はしないでくれ」
じっとこちらを見る緑色の瞳が真剣味を帯びる。
昴さんの言う通りだ。
零くんには組織内でバーボンとしての立場がある。好き勝手には行動できないだろう。
赤井さんだって死んだことになっているのだから、必要以上に関与も出来ないはず。
「わかりました。教えてくれてありがとうございます」
「降谷君はまだシェリーの正体のことは知らない。組織が絡むかもしれないことは話してもいいが、彼女のことはできればまだ伏せておいてくれ。」
「はい。私からは話しません」
「感謝するよ」
もう一度私の頭を撫でようとした昴さんの手が、私の隣から伸びた手によってそれを阻まれる。
「・・・・・・っ、安室さん!」
「この男と会うのは許可しましたが、触らせるのは許してませんよ」
にっこりと笑いながら昴さんの腕を掴む零くん。
うう、久しぶりにこの怖い笑顔を見た気がする・・・・・・。
「嫉妬深い男性は嫌われますよ」
「ご心配なく。彼女は誰より僕のことを想ってくれてますので」
昴さんが笑いながらそう言うと、零くんの眉間にシワがよる。
赤井さん絶対零くんのこと揶揄って遊んでるよなー、なんて思わなくもないがそんなことを口に出すほど私は命知らずではない。
「話は終わりましたか?」
「あっ、うん。一応?」
「なら帰りますよ」
「・・・・・・っ!昴さん、ありがとうございました!」
財布からお札を取り出した零くんが机の上にそれを置く。
彼に腕を引かれながら席を後にする私を見て昴さんは楽しげに笑っていた。
*
「お迎え早かったね」
カフェの場所は伝えていたが、こんなに早く迎えに来るとは思っておらず二人きりの車内で彼に言う。
「もっとあの男とゆっくりしたかったのか?」
「そんなんじゃないの分かってるでしょ?」
「それでも嫌なものは嫌なんだよ」
ぶすっとした顔のままハンドルを握る零くん。子供じみたその仕草が可愛らしく思えた。
「なんの話だったんだ?」
「あぁ、それがね・・・・・・」
シェリーの話は伏せて、ツインタワーの事件に組織が絡んでいるかもしれないこと。そして今度のオープンパーティで何かあるかもしれないことを伝える。
「・・・・・・それでもやっぱりパーティには行くのか?」
「うん。でも無茶なことは絶対しないよ」
零くんは優しい。
私のことを危険から遠ざけようとしてくれる。
それでも近くにいないのは不安なのだ。
知らないところで大切な人が傷つくのはもう嫌だ。
信号が赤になると、彼はハンドルか手を離しくしゃくしゃと私の頭を撫でた。
「・・・っ、零くん?」
いつもより少し乱暴な撫で方に首を傾げる。
「赤井なんかに簡単に触らすんじゃない、馬鹿」
「・・・ふふ、ごめんね」
重苦しい雰囲気を振り払うような彼の仕草に、思わず笑みがこぼれた。
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