▽ 1-3
あれからどうやって家まで戻ってきたんだろう。気が付くと俺は、自分の部屋にいた。
(式まであと少し・・・・・・か・・・)
「零!見て見て、結婚式やってるよ!」「うわ〜、やっぱり花嫁さん綺麗だね」「私もいつかあんなドレス着たいな」昔たまたま出かけた先で、結婚式をしているのを見かけたときに、楽しそうにはしゃいでいたなまえの姿を思い出す。
「でも零がタキシード着たら、私のドレス姿が霞んじゃいそう!」今からダイエットしなきゃ!と笑っていたなまえ。
「やっぱりウェディングドレス着るなら、零の隣じゃなきゃ嫌だな」(・・・・・・嘘つきだな・・・)
ずっと俺に向けられていた笑顔は、今ではもう別の男に向けられていた。
(自業自得・・・か・・・)
何年もの間なまえのことを、放っておいたのは俺だ。たった一言「待っていてほしい」そんなことすら言えずに・・・。
けれどあの頃に戻ったとしても、俺は同じことをするだろう。また何も知らせず、黙ってなまえの前からいなくなるはずだ。
なまえへの気持ちと、曲げられない自分の信念。どちらかを選ぶなんて出来るわけがなかった。
(これで良かったのかもしれない・・・)
なまえが望んでいた、平凡で幸せな結婚生活があの男とならきっと叶うんだろう。
俺のことを忘れて、なまえが前に進んでいるならそれでいい。
あの日ポアロで見た泣きそうな顔を見るより、その方が何倍もいいに決まってる。
たとえ傍にはいられなくても、なまえが笑っていられるのなら充分だ。自分にそう言い聞かせる。
(本当にもう俺を忘れたのか・・・?)
あの男に向けられたなまえの笑顔を見たときに、頭をかすめた疑問はそっと心の中に閉じ込めた。
*
「プレゼントですか?素敵な花束ですね」
頼んでおいた花束を店員から受け取る。
ニコニコと笑顔を向けてくる店員とは反対に、俺の心の中は真っ黒だった。
今日はなまえの結婚式だ。
直接会って祝福なんてできる立場じゃない俺は、式場の受付スタッフに用意した花束を託し、すぐに会場を後にした。
ただの自己満足でしかない自分の行動に、自嘲的な笑みがこぼれる。
俺の事なんて忘れて幸せになってほしい・・・。そう言いながらも選んだ花はスイトピー。
(・・・・・・諦めが悪いな)
色鮮やかな花束に隠された俺の気持ちに、なまえが気付くことはないだろう。
最後の最後まで、ちゃんと気持ちを伝えることが出来ない自分が嫌になる。
「俺なんか忘れて、幸せになってくれよ」
(忘れないでくれ)決してなまえには届くことのない言葉をそっとつぶやき、俺は教会に背を向けて歩き出した。
Fin
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