▽ 1-2
「どうした?」
「んー、零くんの匂いがするなぁって」
くんくんと首筋に顔を寄せるなまえ。そしてそのまま首筋へと唇を寄せる。
「好きだなぁって思ったの」
「匂いが?」
「・・・全部が好き」
ちゅっとわざとらしいリップ音をたてながら首筋から顔を離したなまえは、そのままこつんと俺の額に自分の額を寄せた。
「会いたかったんだよ」
「・・・ん、知ってる」
そういえばこんな風にゆっくり彼女と顔を合わせるのは何日ぶりだろうか。
いつも俺が家に帰ってくる頃にはなまえは夢の中だ。頑張って起きて待っていようとしていた彼女が、リビングの机に突っ伏して寝ていたのを見たのは一度や二度のことではない。
そんななまえをベッドまで運び、そのまま少し休むと彼女が起きるより前に家を出る。
すれ違いが多いこの生活の中で、口には出さないものの彼女は寂しい思いをしていたんだろう。
「ごめんな」
「・・・謝ってほしいんじゃないよ」
「でも・・・」
「零くんも私に会いたかった?そう思ってくれてたらそれでいい」
優しく眉を下げた彼女の姿に、心の底から愛おしいという感情が浮かんでくる。
会いたくないわけがない。たった数時間しかこの家に居られなくても、話す時間はなかったとしても、それでもここに帰ってくるのはなまえの顔を少しでも見たいからだ。
「会いたかったよ。ゆっくり話したかった」
「うん、知ってる」
自然とお互いの視線が交わり、唇が重なる。
久しぶりに感じる彼女の体温に、自然と自身の身体も熱を帯びてくる。
「・・・んっ・・・」
それを煽るようになまえの唇から漏れる甘い声。そのまま流れに身を任せながら、彼女の着ていたセーターの裾からすっと手を滑り込ませる。
「零くん・・・好き・・・」
「・・・なまえ?」
そう言い残すと、すとんとなまえの身体から力が抜ける。
「・・・・・・嘘だろ・・・?」
そのまま俺に体重を預けるように倒れた彼女を支えながら、その顔を耳を寄せるとすーすーと気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。軽くその頬に触れてみても彼女が目を覚ます気配は全くない。
先程までの熱をどうにか落ち着けようと、小さく深呼吸をする。そして人の気も知らずに幸せそうな顔で眠るなまえを抱き上げると、そのままベッドへと運びそっと横たえる。
「今度の休みは覚えてろよ」
「・・・んんっ・・・」
ふっと笑みを浮かながらなまえの鼻をつまむと、寝苦しそうに眉間に皺を寄せる彼女。
そんな表情すらも愛おしいと思ってしまうのは、やっぱり惚れた弱みなんだろう。
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「頭痛い・・・・・・」
眠たい目を擦りながら、身体を起こすとずきずきと頭が痛む。昨日は間違いなく飲みすぎた。
ソファで零くんと話してたところまでどうにか覚えているものの、そこからの記憶がぷつりと途絶えている。
恐らく彼がベッドまで運んでくれたんだろう。そんなことを考えながら、ぽっかりと空いたベッドの右側を見つめる。
ふとベッド横のサイドテーブルに置かれている新品のスポーツドリンクと小さな紙の存在に気付く。
“飲みすぎだ、馬鹿。次の休みは覚悟しろよ”
「・・・・・・何したの、私」
私が何をしでかしたのかを知るのは、もう少し先のことだった。
Fin
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