▽ 1-2
適度な距離を保ってくれる2人と違って、よく声をかけてきたのが安室さんだった。
最初は世間話をする程度だったけれど、お店に来る度に怪我をしている私を見て、さすがに不審に思ったのだろう。
「・・・・・・誰かに暴力を振るわれているんですか?」
ある日、真剣な目をした彼にそう聞かれたことを思い出す。
最初はそんなことないと否定していた。けれど決して無理強いをする訳ではなく、優しく声をかけてくれる彼に少しずつ心を開いていったんだ。
私が彼のことを話す度に、安室さんは私以上に傷付いた顔をする。
「なまえさん、こんな怪我をしてまで一緒にいる意味ってあるんですか・・・?」
そっと私の額に触れながらそう尋ねてくる安室さん。
「一緒にいる意味・・・ですか。・・・・・・なんなんですかね・・・」
ポツリとつぶやきながら考える。いつからだろう、好きだから一緒にいるって思えなくなったのは・・・。
いつの間にか、彼のそばには私がいなくちゃいけない、そんな義務感に押しつぶされそうになりながら日々を過ごしていた。
彼を好きなんて気持ち、今の私にあるのかな・・・。
そんなことを考えていると、カランコロンっと入口の扉が開く音がする。ふとそちらに顔を向けると、先程まで頭を占めていた彼の姿があった。
(見られた・・・)
安室さんは私のすぐ隣に座り、額に手を触れている。そんな状況を彼に見られたことに、動揺が走る。安室さんは私を心配してくれているだけ・・・、彼にそんな言い訳は通じないだろう。
すっと血の気が引いていくのが自分でもわかった。
「なまえ!やっと見つけた。お前こんなとこで何してるんだ?」
「・・・・・・っ、ごめんなさい・・・」
怒鳴ってこそいないものの、怒気を孕んだ声に思わず体がびくりと震える。
そのとき額に触れていた安室さんの手がすっと離れ、頭をそっと撫でられる。
「大丈夫ですよ」
いつもと同じ優しい声に、不思議と体の震えが少しおさまる。
「なまえの知り合いか?」
「ええ、友人のようなものですね」
彼の視線から私を庇うように立つ安室さん。
「友人・・・ねぇ。まぁいいや、なまえ帰るぞ」
そう言いながら私の方に顔を向ける彼。
あぁ、やっぱり駄目だ。頭ではわかっていても、私はこの目に逆らえない。彼に対する情なのか、それとも恐怖なのか・・・・・名前のわからない感情に支配された私は、言われるがままに彼の方へと進もうとする。
ガシッ!
そのとき腕を強く掴まれ、思わず顔を上げる。
「・・・・・・安室さん・・・?」
私の腕を掴んでいたのは、安室さんだった。いつものニコニコと優しい笑顔ではなく、冷たい目で彼をじっと見つめている安室さん。見たことのない彼の表情に、思わず背筋が冷たくなる。
「よかったらもう上がりの時間なので、少しお話しませんか?さすがにここで話すのは店の迷惑になりますし」
「はぁ?一体何を話すんだ?てか、お前その腕離せよ」
安室さんが私に触れていることが気に入らないんだろう。だんだんと彼の口調が荒くなる。
(まずい、このままじゃ安室さんに迷惑をかけちゃう)
彼がここで安室さんに手でもあげたら・・・・最悪の事態が頭によぎる。
「・・・安室さん!私本当に大丈夫で「なまえさんは黙っててください」
安室さんは私の言葉を遮ると、握った腕に力をこめ、彼を真っ直ぐに見据える。
「・・・チッ。わかったよ、隣の公園で待ってる」
そんな安室さんの気迫に押されたのか、彼はすっと私から距離をとると大人しく店から出ていく。
「他にお客さんがいなくてよかったですね」
彼が店を出たのを確認すると、先程までのピリピリした空気から一転して、いつも通りの優しい安室さんがこちらに笑顔を向ける。
「・・・・・・ご迷惑をお掛けしてすいません」
「迷惑だなんて思ってませんよ。それにこれは俺の為でもあるんで」
「え?」
彼の言葉の意味がわからず、思わず首をかしげる。
「いえ、こっちの話です。じゃあ僕は少し片付けをしてくるので、ここで待っていてください」
そう言い残すと、キッチンの方へと向かう安室さん。
本当に彼と3人で話すつもりなんだろうか・・・。いくら優しい人だとはいえ、ここまで巻き込んでしまったことに申し訳なさがこみ上げる。
数分後、着替えもすませた安室さんがわたしの前に腰を下ろす。
「なまえさん、公園で彼と会う前に聞いておきたいことがあるんです。
なまえさんは、今でもあの人のことが好きですか?」
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