▽ 1-1
「またですか・・・」
困ったように眉を下げながら私に保冷剤を差し出してくる彼は、ここの喫茶店で働く安室さんだ。
「いつもすいません・・・ありがとうございます」
安室さんから保冷剤を受け取り、少し青くなった額にあてる。じわじわと痛む額にひんやりとした保冷剤の冷たさが気持ちいい。
「女性が顔にこんな傷を作るのは感心しませんよ」
前髪を少し避けながら私の顔をのぞき込む安室さん。
「ごめんなさい。うっかり転んじゃって・・・」
誤魔化しても仕方ないと思いつつも、思わずそう口にする。
「転んで・・・ですか。
はぁ、なまえさん。前も言いましたが、早く彼から離れた方があなたのためですよ・・・。正直見ていられないです・・・」
ため息をつきながら私を見つめる安室さん。思わず転んだと嘘をついたものの、彼にはこんな嘘はお見通しなんだろう。
私の彼氏はDVだ。
気に入らないことがあると私に手を上げる。そして傷付いた私を見て、いつも必死に謝り許しをこうのだ。
我ながらなんで別れられないんだろうと思う。けれど彼に謝られると、どうしても放っておけなくて戻ってしまうのだ。
今日も職場で嫌なことがあったらしい彼は、家に来るなり私を怒鳴りながら思いっきり殴った。彼も顔を殴るつもりはなかったのかもしれないけれど、思わずよけた私の額に思いっきり彼の拳が当たったのだ。
(流石に顔は隠せないな・・・・・どうしよ・・・)
「・・・さん?なまえさん?」
安室さんが私を呼ぶ声ではっと意識を戻す。
「ごめんなさい、ぼーっとしてました・・・」
「結構腫れてきてますし、一応病院に行った方がいいですよ?もし必要なら送りますし」
心配そうに私を見ている安室さん。彼は本当に優しい人だなと思う。
初めて家の近くのこの喫茶店を訪れたのは、数ヶ月前のことだった。
いつものように彼に暴力をふるわれ、暴れる彼から逃げるように自宅を飛び出したあの日。しばらく時間をつぶそうと立ち寄ったのがこのお店だった。
落ち着いた店内は時間がゆっくりと流れているようで、不思議と心が落ち着いた。
そこで私の怪我に気付いて、声をかけてきたのが安室さんだった。
*
「大丈夫ですか?腕、怪我してますよね?」
注文した珈琲を飲んでいると、不意に声をかけられて思わずびくっとしてしまう。
「あぁ、驚かせてしまってごめんなさい。先程から腕を庇っていたので少し気になって・・・」
良かったらどうぞ。と保冷剤を差し出してくれたのが最初の会話だった。
*
それ以来このお店は私の逃げ場所になっていた。優しいマスターや可愛らしい店員さんも、私の普通ではない状況に気付いているのかもしれないが、特になにか問い詰めてくることはない。
どんなに彼に傷付けられても、優しく迎えてくれるこのお店は私にとって唯一の憩いの場所だった。
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