▽ 1-1
※ あの時伝えておけばよかった。の続編です。
「なまえ、ちょっといいか?」
零にもらった花束を控え室に置き、プランナーさんと会場へ向かっていると、タキシードに着替えた彼に呼び止めらる。
彼は控え室に私を連れ込むと、プランナーさんやスタッフの人に席を外すように伝え私に向かい合う。
「・・・どうしたの?なにかあった?」
「何かあったのはなまえの方だろ」
いつもニコニコと笑っている彼からは、想像もできない低いトーンに思わず萎縮してしまう。
「ごめん、怖がらせるつもりはなかったんだ・・・」
そんな私の様子を見て、少し彼の雰囲気が和らぐ。
「あの花束・・・・・・」
「・・・・・・え?」
「あの花束渡しにきた人のこと、なにか聞いたか?」
(・・・・・・零・・・)
頭に浮かぶのは、私の幸せを願うと書かれたメッセージカードと忘れようとしていた零の姿。
「金髪の若い男だったらしい。その様子じゃ思い当たる人がいるんだな」
「・・・っ!違うの、別にその人とはもうなにも!・・・「何もない?ならなんでそんな顔してるんだ?」
声を荒げるわけでもなく、どこまでも落ち着いた彼の声が心に刺さる。
「俺が気付いてないと思ってたか?結婚が決まってから、なまえがときどき泣きそうな顔をしてることに・・・。」
「そんなこと・・・「なかったって言いきれるか?」
悲しそうにそうつぶやく彼に、なんて答えればいいのか分からなかった。
悲しそうな顔・・・・・・、私はこの人の前でもそんな顔をしていたんだろうか。
「気付いていたよ、なまえに忘れられない人がいることは。引き出しに大事そうにしまってある写真を見たときから・・・・・・」
「・・・・・・っ・・・!」
知っていたんだ・・・・・・。
引き出しの中にしまい込んでいた零との写真。たった数枚の写真しかなかったけれど、私にとってそれは零と過ごした時間の証だった。
「花束を持ってきた人・・・・・・その写真の人なんじゃないか?」
少し顔を歪めながら、そう尋ねてくる彼にもう嘘はつけなかった。
「・・・・・・うん・・・っ・・・。でも本当にもう終わったことなの・・・。幸せになってって・・・それだけ伝えに来てくれただけだから」
もう終わったこと・・・・・・、いざ言葉にするとその悲しさで心がちぎれそうになる。
彼が小さくため息をつくのが聞こえる。
「もう終わったんだったら、なんで泣いてるんだよ」
腰掛けていたソファから立ち上がり、私の目の前にかがむ彼。その表情はどこか諦めに似た笑顔だった。
(・・・・・・泣いてる・・・?)
彼の言葉で自分が泣いていることに気付く。
「・・・・・・っ・・・」
1度流れ始めた涙は、タガが外れたようにぼろぼろとこぼれ落ちる。
そんな私にハンカチを手渡してくれる彼。
「なまえがこのまま何も言わないなら、そのまま結婚しようと思ってたんだ。けどあの花束を見て、やっぱり気付かないふりはできなかった。
・・・・・・どういう事情があるのかは知らない。けどもっと自分に素直になった方がいい。
その彼のことがまだ好きなんじゃないのか?」
この人はどこまで優しいんだろう。私を責めるわけでもなく、ただ優しく背中を押してくれる。その優しさに触れるたび、自分の身勝手さが嫌になる・・・。
「・・・っ、ごめん・・・っなさい・・・!」
何も言わずに私を見つめている彼に、ただ謝ることしかできなかった。
好き。忘れられるわけがなかった。
たとえ何年会えなくても、あんな風に無視されたとしても、それでも零への気持ちが消えることはなかった。
けれどそれを認めてしまうことが怖かったんだ・・・・・・。
prev /
next