泡沫の夢 | ナノ
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▽ 神様だって知らない


引き金を引く度に、自分の中の何かが少しずつ欠けて崩れていくような感覚。そして同時にその感覚にすら慣れていく自分が少しだけ怖いとも思った。


バーボンとライとオレ。3人で組むことが多い最近の任務。地味な潜入捜査もあれば、この手を赤く染める日もある。


この日の夜の任務は後者。ターゲットの詳細は知らされず、ただ組織に仇なすものだから処分をとだけ指示され向かったのは人気のない倉庫街の一角。


その男と対峙するバーボン。何やら言い争う2人を狙う2つの銃口。乱雑に積まれたコンテナの上からターゲットを狙うライと、その正面の木材の影でライフルを構えるオレ。


初めてじゃない。それでもこの感覚だけは、どうしても好きになれない。



「っ、頼む!見逃してくれ!!知らなかったんだ!!」


静かな倉庫に、男の懇願する声が響く。男に縋り付くようにシャツを掴まれても顔色ひとつ変えないバーボン。あいつは・・・・・・強いな。


零は優しい奴だ。何も感じないわけがない。ただそれを上回る信念を持っているだけのこと。


自分の成すべきことの為。何度もそう言い聞かせる。


ライフルの引き金に指をかける。



「・・・・・・娘が、・・・娘が待ってるんだ・・・っ・・・、頼む・・・」


たった一瞬。


その言葉に指が止まる。



その一瞬の隙に、乾いた音が空気を切り裂く。寸分違わず男に当たったその弾丸。真っ赤に染った視界の中で、崩れ落ちてぴくりとも動かない男。


すぐ近くにいたバーボンに傷一つなく、男だけを撃ち抜くその腕前はさすがとしか言いようがなかった。




男の処理を組織の末端の人間に任せ、倉庫を離れるオレ達。ぼんやりと淡い月が照らしていた空は、いつの間にか流れてきた雲のせいで闇に包まれていた。




「何故躊躇した?」

隣を歩いていたライがぽつりと呟く。少し前で電話をしているバーボンには聞こえないくらいの静かな声だった。




「躊躇なんてしてないさ。ライの方が早かった、それだけだよ」
「・・・・・・そうか」


誤魔化すみたいに笑ったオレを一瞥すると、ライはポケットから煙草を取りだし火をつける。


ちりちりと焦げていく煙草。彼が吐き出した煙はすっと辺りに消えていく。


何で普通でいられるんだ?本当にあの男は死ぬべき人間だったのか?オレのやっていることは、正しいことなのか?


少なくともあの男の娘からすれば、オレは大切な父親を見殺しにした人間にすぎない。


立場が変われば正義なんてものは、コロコロと何度でもその姿を変える。


立ち止まるな。そう自分に言い聞かせる。


ポケットに入れていた携帯が震えた。画面を確認すると、それは結花からのメッセージだった。



『今日って会いに来れそう?』


続けて送られてきたのは、最近彼女がハマってるパンダのキャラクターが寂しいってぼやいているスタンプだった。


胸の奥、いちばん深い部分に鉛が落ちたような感覚。嘘に嘘を重ねて、自分の手を汚していく。彼女から向けられる好意は、オレにとって鉛玉のように重たい。


そう感じてしまう自分にまた嫌気がさす。この無限ループをあと何度繰り返せば、オレの・・・オレ達の求める正義≠ノたどり着くんだ?



『任務が長引きそうだから難しいかもしれない。ごめんね、また連絡するよ』


それだけ送るとすぐに既読になり、了解って泣き顔で敬礼するパンダが送られてきた。それに返事を返すことはなく、そのままポケットに携帯を戻す。


電話を終え振り返ったバーボン。どうやら上への報告は終わったらしい。


近くに止めていた車に乗り込むライを見送り、零の車の助手席に乗り込む。



「何か食べて帰るか?」
「いや、お腹空いてないから今日はやめておくよ」


オレを見る零の瞳に心配の色が滲んでいることに気付かなかったわけじゃない。それでも今は、その真っ直ぐな瞳を見ることができない。


走り出した車の中で、右から左に流れていく景色をぼーっと眺める。


「そうだ。帰りなんだけど、××駅の近くのスーパーで降ろしてくれないか?」
「買い物か?」
「ちょっとな。そこからは歩いて帰るから」


昨日のみょうじさんのとの約束の時間まであと少し。ポケットに入れっぱなしになっていたチョコレートの存在を思い出し、取り出したそれを口に放り込む。



・・・・・・甘い、な。







着替える時間すらもどかしくて、スクラブのズボンのまま上着だけをパーカーに着替え鞄を肩にかけた私は「お疲れ様でした!」と病院の更衣室を飛び出した。


携帯で時間を確認するとすでに22時30分を過ぎていた。


今日だけは残業になって欲しくなかったけれど、そんな願いとは裏腹に診察時間ギリギリに駆け込んできた急患。気が付くとこんな時間だった。


遅れるって連絡しようにもあの彼の連絡先なんて知らないし、今の私にできることは約束の場所に向かって走ることだけだった。


近道をするため、いつもは通らない街灯の少ない路地を駆け足で抜けながらたどり着いたスーパーの駐車場。閉店時間をとうに過ぎていることもあって、辺りはしんと静まっていた。


約束の時間からもう1時間以上が過ぎている。


ほとんど初対面の人間をこんな時間まで待っている方が有り得ない。そう思いながらもキョロキョロと辺りを見回すと、少し離れた場所で駐車場のフェンスに凭れ掛かる人影を見つけた。


見覚えのあるその横顔。慌てて近付き声をかけた。



「っ、遅くなってごめんなさい!!」

走ったせいで乱れた呼吸。肩を上下させる私を見て、彼は驚いたように目を瞬かせた。


「走ってきたの?」
「そりゃもちろん・・・っ、思ってたより仕事終わるの遅くなっちゃって・・・」
「遅くまでお疲れ様。そんなに急がなくてもよかったのに」


柔らかく目を細めて笑う目の前の彼と視線が交わる。昨日より少しだけ濃くなった気がする目の下のクマが気になった。


あの時も思ったけれど、この人の笑い方ってどこか心配になるような脆さを孕んでいる気がする。作り笑いなんかじゃないけど、今にも崩れそうな危うさを感じる。何となく漠然とそんなな事を思いながら、はっとした私は鞄から封筒を取りだした。







何となく、彼女は来るような気がしたから。


待ち合わせ時間をとうに過ぎているというのに、その場を離れなかったのはそんなことを思ったから。



駆け寄ってくる足音。肩を上下させながら息を切らせた彼女は申し訳なさそうに眉を下げる。


そんなに急がなくてもよかったのに。真面目で律儀な子だなって思った。


鞄から取り出した封筒を差し出すと、「昨日は本当にありがとうございました」って頭を下げる彼女。


受け取ったそれをポケットに入れながら、彼女の服を見るとそのズボンは以前病院の中で履いていたものと同じだった。それほど急いできたってことだろう。



「この時間まで残業ってよくあるの?」
「毎日ってわけじゃないんですけど、たまに。どうしても急患とか時間のかかる子がくると遅くなっちゃうんですよね」


眉を八の字にして困ったみたいに笑う彼女。疲れていないわけがないのに、その表情に影は少しもなくて。


助ける∴ラに頑張るその横顔が、真っ暗な場所にいるオレには眩しく思えたんだ。


その時、静かだった駐車場にグゥゥと気の抜けたような音が響く。オレのものじゃないそれは、目の前の彼女のもので。


恥ずかしそうに頬を赤らめた彼女は、気まずそうに視線を左右に泳がせた。


「ははっ、仕事終わりだもんね。そりゃお腹も減るか」
「〜〜っ、あんまり笑わないでください!今日昼休憩あんまり取れなくておにぎり1つしか食べれなかったから・・・っ、」


思わずこぼれた笑い声。ジト目でオレを睨みながら、ごにょごにょと小さくなっていく語尾に自然と頬が緩む。


あまりにも平和な、他愛もないやり取り。


張り詰めていた神経の糸が緩むような感覚。それが心地いいって思うくらいには、オレの神経は磨り減っていたのかもしれない。


「近くに美味しいラーメン屋あるんだけど、もしよかったら食べに行かない?」
「行きたいです!今日朝起きた時から、ラーメンの気分だったんですよ」
「ははっ、朝からラーメン食べたいとかある?」
「ありますよ!多分夢の中の私がラーメン食べてたんだと思うなぁ」


何かを思い出すみたいに斜め上を見たがけながら、うんうんと頷く彼女。


しっかりしているかと思えば、真剣な顔で夢の話を始めるその姿がちぐはぐで。警戒心なんて少しも感じさせない。



「あ、そういえばまだ名前言ってなかったですよね。みょうじ なまえって言います。お兄さんのお名前聞いてもいいですか?」


ラーメン屋までの道すがら。街灯に照らされた路地に並ぶ身長差のある影。


友達というには遠くて、他人というには近いその距離。



病院では安室の名前で呼ばれていたから、彼女はオレの名前を知らない。この流れで名前を聞かれるのは、自然な流れだろう。


















「諸伏 景光、です」






何故、そう名乗ったのかなんて今でも分からない。



ただオレの名前を呼ぶキミの声は、不思議と耳触りが良くて。鼓膜を揺らしたその声は、すっと胸の奥に溶けていくような気がした。

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