泡沫の夢 | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -






▽ 瞳に星がまたたいた


ワンワンと賑やかな待合室。淡い木目調の壁にベージュのソファ。ほんのり消毒液の匂いのするこの場所は、私が働く動物病院だ。


専門学校を卒業してはや4年。
離職率の高いこの業界。かつての同級生の中にも現場を離れ全く違う仕事に就いている人もいれば、結婚した人もいる。


何かとブラックといわれるこの業界で、今も私が働くことができているのはただこの仕事が好き。動物が好き。ありがとうって感謝してもらえることが好き。そんな単純な気持ちの積み重ねでしかなかった。




「すみません、代理で来たんですが・・・、」


入口の自動ドアが開き、真っ白な小型犬を抱っこして院内に入ってきた男性が受付のカウンター越しに私に声をかける。



「こんにちは。診察券お持ちですか?」
「ワン!」

くりくりの目で私の問いかけに答えるみたいに元気よく鳴くそのわんちゃんには見覚えがあった。


たしか先月、健康診断と予防接種に来てくれた子だ。怖がって最初は鳴いていたけど、飼い主の男性が優しく声をかけていたのが印象的だった。



「ハロちゃん?」
「ワンワン!」
「やっぱりハロちゃんだ!久しぶりだね〜」


名前を呼べば、真っ赤な舌を覗かせしっぽをぶんぶんと振るハロちゃん。ポケットから診察券を取り出した男性は、そのままそれを私に手渡す。


ハロちゃんの頭を撫でながらその診察券を受け取り、名前を確認するとやっぱり安室 ハロ≠ニ書かれていた。



たしかあの時は金髪でスーツを着た男性が連れてきていた気がする。同僚達が彼を見てかっこいいって騒いでいたから、そのときのことは覚えていた。


「飼い主が仕事で来れなくて。追加の予防接種の時期だって言ってたんですが」
「少しだけお待ちくださいね」


パソコンで電子カルテを確認すれば、ワクチンの追加接種の日付が今日になっていて。多少前後しても問題ないけれど、ぴったり予定の日に連れてきてくれることが飼い主の彼の几帳面さを物語っているような気がした。



「混合ワクチンの追加接種ですね。体調とかは大丈夫そうですか?」
「はい。特に問題ないって聞いてます」
「分かりました。順番にお呼びするのでおかけになってお待ちくださいね」
「ワン!」


彼に抱っこされたまま返事をしたハロちゃんが可愛くて、思わずくすりと笑顔がこぼれた。






ここ数日、仕事が立て込んでいる零に頼まれてやって来たのは近くにある動物病院。


最初こそ散歩だと思って楽しそうにしっぽを振っていたハロだったけど、動物病院に近付くとまるで何かを察したみたいにぴたりと動かなくなる。


何度名前を呼んでも前足で踏ん張って進もうとしないもんだから、その小さな体を抱き上げ動物病院の入口のボタンを押した。




「ハロちゃん?」
「ワンワン!」
「やっぱりハロちゃんだ!久しぶりだね〜」


受付にいた看護師さんが声をかけると、さっきまでの怖がっていた姿が嘘みたいにしっぽを振るハロ。


そんなハロを見てニコニコと優しく笑う彼女。頭を撫でられたハロは目を細めてまるで笑っているみたいに見えた。


ソファに座り順番を待っていると、次から次へと患者がやって来る。犬や猫はもちろん、うさぎやハムスター。元気そうな子もいれば、どこか覇気のない子もいて初めて来る動物病院という場所をぼんやりと眺めていた。


テキパキと診察室と受付を行ったり来たりしているさっきの彼女。たしか胸元のネームには、みょうじと書かれていた。


こんなに人が多いのによくハロのことを覚えていたな、なんて感心していると診察が開き名前を呼ばれる。


心細そうな声で鳴くハロの頭を撫で、そのまま診察室に入る。


「キャン!!!」
「まだ何もしてないだろ?怖くないから頑張れ」


診察台にのせただけで、さっきまでの大人しさが嘘みたいに暴れるハロ。宥めるみたいに声をかけてみても、彼の耳には届いていないようだ。


困ったように小さく笑った獣医さんが、「みょうじさん!ちょっとこっち保定入って〜」と受付にいた彼女を呼ぶ。


ぱたぱたと診察室に入ってきた彼女は、オレの腕にしがみつくハロを見て小さく笑う。


「ハロちゃん、ほら、抱っこは?」
「くぅーん・・・」
「うんうん、そうだよね。すぐ終わるから大丈夫。ほら、おいで?」


か細い声で鳴いたハロの頭を撫でると、そのままそっと彼を抱き上げる。まるで言葉が通じてるみたいに、ハロに話しかけるみょうじさん。


袖からちらりと覗く白い腕には、若い女の子には似合わないいくつかの傷跡が残っていて。左手の手の甲に残る引っかき傷はまだ新しいそうだ。


大変な仕事だな、なんて思っているとあっという間に注射は終わったようだ。



「この前よりお利口さんだったね。えらいえらい」
「ワンワン!」
「帰ったらパパにも褒めてもらってね」
「ワン!」


さっきまでの怖がり具合が嘘みたいに元気よく鳴くハロ。みょうじさんからハロを受け取る。


くしゃくしゃと頭を撫でると、満足気な顔をでオレを見上げるハロ。その顔が零と重なって見えて、飼い主とペットは似るってのは本当だなって思った。

prev / next

[ back to top ]