泡沫の夢 | ナノ
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▽ 走り出したこの恋に


こういう時に限って、洗い物は少なくてすぐに終わってしまう。


「何飲みますか?」
「ハイボールにしようかな。ありがとう」


キッチンから諸伏さんに尋ねると、テレビから視線を外した彼が答えてくれる。冷蔵庫に入っていたお酒を片手に、さっきよりも少し離れて諸伏さんの隣に腰掛ける。


テレビから聞こえてくる笑い声。内容なんて頭に入ってこなくて、全部の神経が体の右側に集中してしまう。


「乾杯しましょっか♪ 」
「うん、ありがと」


何かを誤魔化すみたいに少し上擦った声でそう言うと、彼は優しく笑いかけてくれる。


プシュッという音と共に蓋を開け、かつんと缶を合わせる。冷えたアルコールが喉を流れていく感覚。この前みたいにきついお酒じゃなくて、甘いそれは私の好きな味だ。


緊張してうるさい心臓。それなのにこの時間が終わって欲しくなくて。


他愛もない話をしながら、気が付くと机の上には空き缶か並ぶ。いつの間にバラエティ番組は終わり、ニュース番組に切り替わっていた。


淡々とニュースを読み上げるメガネの男性アナウンサー。さっきまでテレビから溢れていた笑い声がなくなったせいで、部屋が静かになったような気がした。




「誰かとこんな風にお酒を飲むなんて久しぶりだな」
「友達と飲みに行ったりはあんまりしないんですか?」
「うん。最近仕事が色々忙しかったからね」


また、だ。


やっぱり彼は時たま、その笑い方をする。たしかに笑っているはずなのに、目の奥がどこか不安定で心配になるそんな笑い方。



知りたいのに、これ以上近付いて嫌われるのが怖い。



いつもの私なら聞かなかったと思う。きっとそれは彼にとって触れてほしくない&舶ェだって分かるから。大人になれば、他人との距離の取り方は難しい。幼い頃みたいに、頭に浮かんだ疑問を全てぶつけるわけにはいかないから。


みんなそれぞれ、隠したいことも秘めたい思いもある。



だけど今日だけは、お酒を言い訳に少しだけそれ≠ノ触れたくて。ふわふわとした酩酊感が、私の背中を押してくれるような気がした。


これが正解か、間違いか。そんなの分からないけど、もう少しだけ彼に近付いてみたかったから。






酒を片手に誰かとこんな穏やかな時間を過ごすのは本当に久しぶりだったから、気が緩んでいたと思う。いつもならこんな量の酒で酔うなんて有り得ない。


それなのに、いつもより体が熱い。心臓もやけにうるさい。





本当に酒のせいか?


頭の中で誰かが問う。


当たり前だ。そうに決まってる。




・・・・・そうじゃなきゃいけないんだ。



「みょうじさんは、よく飲みに行ったりするの?」

何かを誤魔化すみたいに、オレへと傾いた話題を彼女に戻す。机の上の缶に手を伸ばしながらみょうじさんは、「そういえば私も最近バタバタしてたからこんな風にに飲むのは、久しぶりかも」ってへにゃりと頬を緩めて笑う。


毒気なんて少しもなくて、見ているだけでオレの方まで張り詰めていた気が緩む。そして同じくらい胸の奥をちりちりと焦がすようなそんな笑顔。


時計を見れば、もう少しで日付をまたぐ。こんな時間に知り合ってそんなに長くもない男と部屋で2人きりだというのに、警戒心なんて少しも感じさせない。こっちが心配になるくらいだ。


誰でもこうやって家にあげるのか?


赤らんだ頬の彼女の隣に座る知らない男。想像しただけで、ふつふつと込み上げてくるどす黒い感情。





・・・・・・いや、そんな子じゃないだろう。


でももし誰かに誘われたら、彼女は断るのか?可能性はゼロじゃない。優しくて、人との距離のとり方だって上手いから。一緒にいて心地いいと思うのは、きっとオレだけじゃないはず。


オレを家にあげたってことは、恋人はいないんだと思う。多分、相手がいたらそんなことをする子じゃないから。



じゃあ好きな奴は?何でオレを誘ってくれたんだ?



考えないようにしていても、頭を1度過ぎったその疑問はなかなか離れてくれない。


そんなことを考えていると、彼女の手がオレの腕に触れる。






「私、もっと諸伏さんのことが知りたいです」
「え?」


いつもより少しだけとろんとした瞳でオレを見上げる彼女。酔っていることに違いはないんだろうけど、酒の勢いなんかでこんなことを言ってくる子じゃない。


手に持っていた缶を机に置くと、みょうじさんはゆっくりと言葉を続けた。




「どうして昨日、電話をくれたの?


何で今日会いに来てくれたの?







・・・・・・・・・優しい人なのに、なんでそんな悲しそうに笑うの?」




酔った勢いだったら良かったのに。


彼女の目は、しっかりとオレを見ていた。



彼女はオレの心の奥深く、隠しておきたい弱さに触れようとする。誰にも見せたくないのに。零にすら隠しておきたいそれ≠ノ、触れようとしてくる。




近付きすぎた。


そう思うのに。



心の奥に触れるその言葉をすんなりと受け入れそうな自分がいて。気付いてくれたことが嬉しくて、その優しさに縋りたくなってしまうんだ。




「・・・・・・キミはずるいな」
「ずるい?」
「人を疑うことを知らなすぎる。そんなんじゃ悪い奴に騙されちゃうよ」
「この前も言ったじゃないですか。人を見る目は自信あるって」
「こんな時間にオレのことを家にあげてるのに?警戒心が無さすぎる」


オレをいい人≠ネんて言うキミは、やっぱり人を見る目はないんじゃないかなって思うんだ。


飲み終わって空になった缶を机に置きながらそう言ったオレを見て、みょうじさんは僅かに顔を顰めて口を開いた。



「私だって、こんな時間に誰彼構わず家にあげるわけじゃないです。ちゃんと相手は見てるもん」



やめてくれ。


そう思うのに、小さくオレを睨む彼女から視線が逸らせない。さっきまでより心臓がうるさい。頼むから・・・・・・、そんな目で見ないでくれ。



その言葉の裏側に気付けないほど、鈍くもなければ子供でもない。



「諸伏さんは、誘われたら相手が誰でもこんな時間に女の子の部屋で一緒にお酒を飲むんですか?」



彼女じゃなかったら来ていなかった。


昨日だってそうだ。その声が少しでいいから聞きたくて、気が付くと彼女に電話をかけていた。


「・・・・・・・・・いや、そんなことはしないかな」
「じゃあ何で、」



理由なんて、




「会いたかったから」
「っ、」
「キミに会いたかったから。昨日電話したのは、少しだけでいいから声が聞きたかった。今日だってそう・・・・・・、ただみょうじさんに会いたいって思ったんだ」



1度口からこぼれた言葉は止まってくれなくて。タガが外れたみたいに溢れ出す。


腕を掴んでいたみょうじさんの手に、きゅっと力が入るのが分かった。





「自分では、悲しそうに笑ってるつもりはないんだけど・・・・・・。もしそう見えるなら、オレは笑っていいような綺麗な人間じゃないからだと思う」


オレのせい≠ナ失われたものがたくさんある。傷付けて、嘘をついて、多大な犠牲を払って、その上で今のオレがいるから。


心から笑うなんて、オレには許されることなのか?っていつもどこかで考えてしまうんだ。






ぽつり、ぽつりと語られるのは、彼の本音だと思う。


初めて彼自身≠ノ触れられたような気がした。


知らないことはまだまだたくさんある。それでも紡がれた言葉にきっと嘘はないから。





「・・・・・・笑っちゃダメなんてないですよ」
「・・・・・・、」
「少なくとも私は、諸伏さんが笑ってくれたら嬉しいです」


床に置かれていた彼の手にそっと指先が触れる。私より大きくて、少しだけ体温の高い手。


たしかに隣に彼はいる。




「・・・・・・・・・キミは、オレのことを知らないから」


俯く視線。少しだけ震える声。それは彼が初めて見せてくれた本当の姿なのかもしれない。


たしかに知らないことの方が多い。それでも知ってることだってある。



「じゃあ教えて・・・?私はもっと知りたいよ」
「・・・っ、何でそこまで・・・」
「・・・・・・好きな人のことは知りたいって思うものでしょ?」



言葉にすれば、それはすとんと私の胸の中に綺麗に収まる。


ゆっくりと交わった視線。困ったように眉を下げて、彼は小さく笑った。



「そういうのって、男から言うものじゃない?」
「その考え方は少し古い気がする。女の子だって好きな人には好きって言いたいものですよ」


冗談めかしてそう言えば、彼はくすりと笑ってくれた。その笑顔にさっきまでの影はない。


それが嬉しくて、胸の奥がきゅっと締め付けられる。



「・・・・・・オレも、もっと知りたいなって思う」
「え?」
「みょうじさんのこと。ちゃんと知りたいって思ってる」


触れていた指先が離れたかと思うと、その手がするりと私の頬を撫でる。


少しだけ恥ずかしくて、でもそれ以上にその温かい手が心地いい。



気が付くと、私の体はそのまま彼の胸の方へと引き寄せられていて。ぴたりと重なる心臓の音。




「嫌なら突き飛ばしてくれていいから」

そんなことを言いながら、背中に回された腕は痛いくらいの力で私を抱きしめてくれている。


その矛盾がたまらなく愛おしくて。




「嫌じゃないもん」
「・・・ははっ、そこは嫌だって逃げて欲しかったのにな」


くつくつと喉を鳴らして笑った彼は、どこまでも優しくい目をしていたんだ。

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