置き去りの恋心 | ナノ
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▽ 淡く、儚くゆっくりと


「っ、子供相手にそんな言い方しないでください」


小さな子供相手に凄む犯人の男。
咄嗟に間に入ろうとした俺よりも先に、その男の子を背中に庇ったのはひとりの女性だった。


小柄なその女性は、キッとその男を睨む。

非力そうな、どこにでもいる普通の女性。


正義感が強いのか、それとも向こう見ずなのか。そんな考えが頭を過ったが、膝の上に置かれた彼女の手は少しだけ震えていて。


あぁ、そうか。きっと考えるより先に体が動いたのか。


犯人が彼女達から離れると、彼女は震える手をぎゅっと握りしめ笑顔を作るとその男の子に話しかける。



「そっか。お母さんに頼まれてお使いに来てたんだね」
「うん・・・。晩ごはんがシチューで、お母さんが牛乳買ってきてって言ったから」
「ひとりでお使いできて偉いね。帰ったらたくさんお母さんに褒めてもらわなきゃ!」


きっと自分も怖くてたまらないはずなのに、必死にその男の子を励ますその姿が何故か気になった。


コンビニに潜んでいた犯人の仲間達の手によって、拘束され店の追いやられた俺達。


どうにか結束バンドを外した俺と班長は、近くにいた人質の拘束を解いていく。


近くにいたのは、さっきの女性。口元のガムテープを外し、細い手首に巻き付く結束バンドを解く。
班長はその女性の隣にいた男の子の結束バンドを解いていた。


「ありがとうございます」
「いえ、怪我はしてないですか?」

結束バンドの締め付けのせいで赤くなった彼女の手首に、思わず眉が下がる。


「大丈夫です。それよりお友達の彼の方が・・・、思い切り殴られてたし大丈夫なのかな・・・」
「あぁ、きっと彼は大丈夫ですよ」

心配そうに班長を見る彼女。そしてその意識は、あの男の子へと向く。


「お姉ちゃん!」
「大丈夫?手痛かったよね。泣かなかったのえらいぞ」

班長の傍から離れたその子は、彼女の足元にぎゅっと抱きついた。


この状況のせいもあるんだろうが、随分とまぁ短時間でここまで懐いたものだ。


「降谷、とにかくここから脱出する方法を考えるぞ」
「あぁ、そうだな」


まずは、人質の身の安全の確保。そして犯人達の確保だ。


顔を晒している犯人達。事が済んだら皆殺しにでもするつもりなのか。


何にしても早くこの状況をどうにかしなければ。


その時、近くにあった配電盤が目に止まった。


これならいけるかもしれない。






看板のモールス信号に気付いたヒロ達の機転によって、拘束された犯人達。


人質達に怪我もなく、無事に連行されていく犯人達を見ていると入り口近くにいたあの女性と男の子が視界に入った。


騒ぎを聞きつけた男の子の母親らしき女性が、何度も彼女に頭を下げ礼を言っているようだった。


「本当にありがとうございました!」
「お姉ちゃんありがとう!またね!」
「うん、またね」


ひらひらと手を振りながら母親に手を引かれる男の子の背中が見えなくなるまで、ニコニコとした笑顔を絶やさなかった彼女。


その背中が見えなくなると、彼女はすとんと電池が切れたように座り込んだ。



「っ、大丈夫か?」

思わず彼女に近付き、声をかける。


「大丈夫。ははっ、安心したら腰抜けちゃったみたいで」

へにゃり、と眉を下げて笑う彼女は恥ずかしそうに視線を逸らす。


あの男の子の前で、必死に強がっていたんだろう。アスファルトについた彼女の手は、震えていた。



「怖かっただろ」
「そりゃ怖かったですよ。でもあの子の方がきっともっと怖かったと思うし。それに・・・、」
「それに?」
















「お兄さん達がいたから。すごく頼もしかったです。助けてくれてありがとうございました」









今思えばきっと俺が彼女を好きになったのは、この瞬間だったんだと思う。



力なんてない。どこにでもいる普通の女性。

守られる側≠フ善良な市民。


一体どれだけの人間が、あの状況で周りの人間を気遣うことができるだろうか。


毒気のないその笑顔は、胸の奥をちりちりと焦がす。





ゆっくりと立ち上がった彼女は、ぱんぱんと膝の汚れを払う。


「もう1人のお兄さんにもお礼言っておいてください。あと助けてくれたお友達にも」


ゆっくりと弧を描く彼女の口元。大きな瞳が細められ、目尻が下がる。あんな事件のあとだと言うのに、花が咲いたみたいに笑う人だと思った。



「じゃあ私はこれで」
「っ、あの!!」



気が付くと俺は、まだ結束バンドの痕の残る彼女の腕を掴んでいた。





「・・・・・・名前、聞いてもいいですか?」
「えっと、みょうじ なまえです。お兄さんは・・・」




「降谷 零です。この近くの警察学校に通っていて」

咄嗟に呼び止めた自分の行動に、自分でも驚きを隠せない。


こんなの萩原や松田に見られたら揶揄われるに違いない。


それでも彼女との出会いをこの1度きり≠ノはしたくなくて。



こんな感情を誰かに抱いたのは初めてだった。

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