▽ 流し込まれた毒薬
空気が、声色が、表情が、
その言葉を本気≠セと伝えているのに。
陣平くんはそれを冗談≠ノして私の背中を押してくれた。
自分の気持ちよりも相手のことを優先させる。
言葉にするのは簡単だけど、実際にそれをできる人は多くはない。
きっと私が知っている人の中で、陣平くんは1番優しい人だって今でも思うんだよ?
*
「今仕事終わったから帰るとこ。陣平くんはまだ仕事?」
『あぁ、まだもうちょいかかりそうだな。ねみぃから早く帰りてェわ』
「ホントお疲れ様だよ」
『サンキュ。また家着いたら連絡入れといて』
「うん、分かった。仕事頑張ってね!」
ぷつん、と切れた電話。
駅までの道を1人歩きながら、オレンジに染まった空を見上げる。
毎日会うことこそなくなったけど、それでも何日かに1度は一緒にご飯を食べる。あのストーカーの事件から、私が外に出る時は、こうして彼に連絡を入れるのが当たり前になった。
友達≠ニいうには、きっと近すぎるこの距離。
居心地のよすぎるこの時間に、私は甘えていた。
零くんに会う決意は、未だに出来ずにいた。気持ちの整理なんて、できる日はくるのかな。
会いたい。でも怖い。
また拒絶されたら?
そう考えると、一歩踏み出すことが出来ずにいた。
そしてその日は、唐突にやって来た。
その日、私は仕事が休みで高校時代の友人と杯戸町にあるショッピングモールに買い物に来ていた。
久しぶりに会う友人との穏やかな時間。カフェのテラス席で他愛もない話をしていると、辺りがざわざわと騒がしくなる。
「なんかさっきから慌ただしくない?何かあったのかな?」
「様子おかしいよね・・・。事件とかかな?」
友人も同じことを思ったのか、2人で首を傾げる。
しばらくすると聞こえてきたパトカーのサイレンの音。
やっぱり何か事件があったんだ。
会計を済ませ、外の広場に出るとちょうど大観覧車の前に人集りができていた。
「・・・・・・なまえ?」
人集りの向こうから聞こえた声に、思わず顔を上げる。
「陣平くん?それに萩原さんも・・・!」
「なまえちゃん、久しぶりだね」
「お前何でここに・・・っ、」
友人に一声かけてから、観覧車の乗り場の方に近付くとそこには陣平くんと萩原さんの姿があった。
陣平くんとはしょっちゅう会っていたけど、萩原さんと会うのは久しぶりのこと。最後に会った時と変わらない笑顔でひらひらと手を振ってくれる萩原さんとは反対に、陣平くんの顔は真剣で。
「友達と買い物に来てたの。朝メッセージ送ったやつ」
「あぁ、そういや言ってたな」
「何か事件なの?」
「まぁな。・・・・・・あ、そろそろ来るか」
陣平くんの視線が観覧車に向けられる。
ゆっくりと回るゴンドラ。大きなカバンみたいなものを片手に持った彼は、観覧車から視線を外し私を見た。
「爆弾、仕掛けられてるかもだからさっさと帰れ。危ねェかもだし」
「っ、爆弾って・・・」
さらりと告げられたその言葉に、背中を嫌な汗が伝う。
「バーカ、そんな顔すンな。俺がすぐバラしてくるから」
「おい、松田。お前1人で行く気か?俺も一緒に・・・っ、」
「男と2人で観覧車に乗る趣味はねェよ」
ふっと口の端に笑みを浮かべると、私の頭をぽんっと撫で72≠ニ書かれたゴンドラに乗り込む陣平くん。
隣の萩原さんは、少しだけ困ったようにため息をつくと「油断すんなよ」ってその背中を見送る。
陣平くんの仕事は知っていたつもりだった。
危険がつきまとう仕事だってことも頭では分かっていた。
でも何故だろう、空に近づいて行くそのゴンドラを見ていると言葉では言い表せない不安が私の胸を黒く塗りつぶしていったんだ。
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