置き去りの恋心 | ナノ
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▽ 優しくて、残酷な決意


「今日はいつにも増して眠そうだなぁ、陣平ちゃん」
「眠そうじゃなくて眠いんだよ」


朝から欠伸が止まらない俺を見て、萩が声をかけてきた。


いくら昼寝したっていったって一睡もしてねェとやっぱ眠いな。


まぁあの状況で寝れるわけないか。


ガキみたいにわんわん泣いたかと思うと、買ってきていた酒を煽って潰れたなまえ。ソファに突っ伏して眠るその横顔に残る涙の跡。


どうしてもその顔を見ると、放っておくことはできなかった。


零があんな風になまえを傷付けるような別れ方をするとは思えなかったから。


「なぁ、萩」
「ん?どした?」
「零がなまえと別れたらしい」
「っ、マジで?」


喫煙所に向かいながら、昨日の出来事を萩に話す。黙って聞いていた萩の顔が顰められる。


喫煙所で煙草に火をつけると、すっと煙が肺を満たす。



「零がそんな別れ方すると思うか?」
「なまえちゃんのこと大事にしてたし、別れるにしてもそんなやり方するとは思えねぇけど。諸伏ちゃんは何も言ってなかったのか?」
「あいつも零が引っ越したのはギリギリまで知らなかったらしい。やっぱ何かあるよな・・・」


事件に巻き込まれわけじゃねェなら、何か他の理由があるはずだ。


ちりちりと煙草を焦がす灰を灰皿に落としながら考える。



「えらく肩入れするんだな、あの2人に」

萩はそう言いながら短くなった煙草を灰皿に押し付ける。


肩入れ?別にそんなつもりはない。


「あんなフラれ方したらさすがに放っておけねェだろ」
「陣平ちゃんは何だかんだ優しいからなぁ」
「何が言いてぇんだ?」
「いくらダチとは言っても他人の色恋沙汰にあんま首突っ込みすぎんなよってことだよ」


ぱん!と俺の背中を叩くと萩は小さく笑う。


もしかしたら萩は、この先の未来を予想していたのかもしれない。そしてそのまま言葉を続けた。


「どんな理由があるにしても別れる別れないは本人達が決めることだ。お前が降谷ちゃんと揉める理由にはならねぇんだから、そこんとこしっかり頭に入れとけよ」



肩に回された萩の腕。そのまま乱暴に俺の頭を撫でる萩。


煙草の火を消し、萩の手を振り払う。


「分かってるよ、ンなこと」
「ならいいけど。さっきから陣平ちゃんすげぇ怖い顔してっから」


・・・・・・当たり前だろ、そんなの。

頭を過ぎるのは、昨日の夜の泣きじゃくるなまえの顔。


いつもニコニコ笑っていたアイツがあんな風に俺の前で泣くなんてよっぽどだ。


理不尽に別れを告げられて、必死に強がるあんな姿を見て何も思わないでいられるほど俺は大人にはなれねェよ。






仕事が終わり、向かったのは警視庁からそう遠くはない公園だった。



「よう、呼び出して悪ぃな」
「何の用だ。悪いが忙しくてそう長くはいられない」


ベンチに座り煙草を吸っていた俺に近付いてくるのは、スーツ姿の零だった。


少しの距離を空けて隣に座った零。ネクタイを緩めながら、小さくため息をつく。


何の用?ンなのお前が分からねェわけがないだろ。


仕事の合間に、諸伏経由で聞いた零の連絡先。無視されるかと思ったが、零はすんなりと俺と会うことを了承した。




「なまえのことだ」


その名前に、零の眉がぴくりと上がる。


どこかピリピリとした空気が俺達を包む。



「・・・・・・彼女がどうしたんだ」
「あ゛?どうしたじゃねェだろ」
「そういえば昨日アイツと一緒にアパートの下まで来ていたな。相変わらずお人好しな奴だよな、松田は」


口の端に笑みを浮かべながら、煽るような物言いの零に堪えていたはずの苛立ちが募る。



「どんな理由があるにしても別れる別れないは本人達が決めることだ。お前が降谷ちゃんと揉める理由にはならねぇんだから、そこんとこしっかり頭に入れとけよ」


すぐにカッとなるのは俺の悪い癖だ。

どうにか冷静でいられたのは、昼間の萩の言葉のおかげだったと思う。


煙草を大きく吸い込み、口から白い煙を吐き出すと頭が幾分か冷静さを取り戻す。



「アイツ泣いてたぞ」
「・・・・・そうか」
「別にお前らが別れる別れねェに口出す気はない。でもあんなやり方はないんじゃねェのか?」


お前はなまえのことを大切にしていたはずだ。


何か理由がかあるにしても、あのやり方はないだろ。



「もう決めたことだ」


小さな声で、はっきりとそう言いきった零。


まるでそれは自分に言い聞かせるような響きを孕んでいた。



・・・・・・やっぱなんか訳ありってことかよ。


喉元まで出かけた言葉をぐっと飲み込む。


萩の言う通りだ。


これ以上は、俺が口出すことじゃねェ。




「・・・・・・お前は本当にそれでいいんだな?」
「あぁ。なまえとはもう終わった。それだけだ」


そう言うとベンチから立ち上がった零は、俺に背中を向け公園の出口に向かおうとする。



「零!!」

俺の声に足を止めた零は、ゆっくりと振り返る。



「次勝手に電話番号変えたら、1発殴るからな」
「・・・・・・あぁ、分かったよ」


ふっと小さく笑った零は、右手を上げそのまま公園を出ていった。






公園から家までの帰り道。


俺はなまえに電話をかけた。


『もしもし、』

数回のコール音の後、電話に出たなまえは泣いてこそいないがやはり声に覇気はない。


「もう仕事終わったのか?」
『うん。・・・・・・昨日はありがとう、ね』
「ふぁ〜、おかげで寝不足だわ」
『っ、ごめん・・・』
「じゃあさ、今度詫びってことで飯奢ってよ」


お節介だって分かっている。


零が別れると決めたなら、必要以上に俺が口出すべきじゃない。



でもどうしても、アイツの泣き顔が脳裏から離れてくれなかったんだ。

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