置き去りの恋心 | ナノ
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▽ 眩しい日差しの中で


ひとしきり泣いた後、私は松田さんが呼んだタクシーに彼と一緒に乗りこんだ。


タクシーを降りると、彼は家の近くのコンビニに入っていった。


カゴを片手に持つと、ビールや酎ハイを次々と手に取る松田さん。近くにあったおつまみにも手を伸ばす。


「っ、松田さん何を・・・」
「うっせ、いいから黙って付き合え。ほら、お前何飲むの?」
「・・・・・・ビールです」
「ん、了解」


彼の勢いに押され、大量のお酒とおつまみを買い込む。そのまま松田さんは、私の家にやって来ると「邪魔するぞ」なんて言いながら部屋に上がる。


部屋に入ると、あちこちにある零くんの残した跡に目に止まる。お揃いのマグカップ。ソファに置いたままになっていた零くんの部屋着。この部屋には零くんの思い出させるものが多すぎる。



思わずリビングの入口で立ち止まってしまう。そんな私の視界が急に暗闇で覆われる。



「っ、」
「今は何も見んな。分かったか?」


後ろにいた松田さんが、コンビニの袋を持っていない方の手で私の目を覆う。


こくこくと小さく頷いたのを確認すると、彼はゆっくりと私の目元から手を離した。


「ほら、とりあえず座れ。ンで今日は飲むぞ」
「でも・・・っ、」
「俺が飲みたい気分なんだよ。だから付き合えって」


プシュっという音と共に缶ビールを開けた彼は、とんとんとソファを叩く。


物言いこそキツいけれど、そこには優しさが存在していて。


それがさっきの零くんの冷たさと真逆で、胸の奥が何かに掴まれたみたいにキリキリと痛む。


少し離れて彼の隣に腰掛けると、開けたばかりのビールの缶を渡される。


「ムカつくとこととか、辛いことがあったときは、酒飲んで寝るのが1番いいんだよ。大人の特権だからな」


にっと、口元に小さな笑みを浮かべた彼は私の持っていた缶ビールに自分のビールの缶を軽く当てた。


そんな彼に釣られるように、ごくりとビールを口に運ぶ。買ってきたおつまみを乱雑に机の上に並べると、「ほら、好きなの食えよ」って彼が笑うから。



「買いすぎだよ、これ」

2人で飲むおつまみにしては多すぎるそれに、思わずくすりと笑みがこぼれた。


「お前が何好きか知らねェんだから仕方ねぇだろ」
「ふふっ、私はビール飲む時はやっぱり枝豆かなぁ」
「おっさんかよ」


揶揄うようにふっと笑う松田さん。

その笑顔に張り詰めていた何かがぷつりと、切れたような気がした。



「・・・・・・っ、・・・何で・・・っ・・・」

体の奥底から絞り出すような言葉。


止まっていたはずの涙がまた両眼から溢れ出す。


松田さんは、そんな私を見て慰めることもなければ零くんを責めることもなかった。


ただ隣で一緒にいてくれた。


体中の水分が枯れるほど、泣いたような気がする。大人になって人前でこんなに泣くなんて初めての事だった。



「・・・っ、こんなんだから重いって言われるんだよね」


それは自分で自分を責めるような言葉。



「別に悪いことじゃねェだろ。そんだけアイツのこと好きだったってことだ」



この時の陣平くんの言葉があったから、私はきっと零くんを好きだった自分を否定せずにいられたんだと思う。



今思い出してみても、この日陣平くんがいてくれなかったら私の心はボロボロになっていたと思うし立ってなんかいられなかったはずだから。






結局、先に潰れたのは私の方だった。


目が覚めると二日酔いのせいかズキズキと痛む頭。ソファに上半身を預けて眠る私の体にはブランケットが掛けられていて、少し離れた場所で携帯を触る松田さんがいた。



「起きたか」
「おはようございます・・・。私いつの間に寝たんだろ・・・」
「口開けてヨダレ垂らして、ひでェ顔だったぞ」
「っ、嘘?!」
「冗談だ、バーカ」


くつくつと喉を鳴らして笑う彼。揶揄われたと気付いた時にはもう遅い。


時計を見ると6時を少し過ぎたところ。



もしかして松田さん寝てないんじゃ・・・。


「ずっと起きてたの・・・?」
「昼寝したせいで全然寝れなかったンだよ」
「・・・・・・、」
「女の家で彼氏でもねェ男が寝るのはまずいし、ちょうど良かっただろ」



きっと本当の理由は後者だろう。


欠伸を噛み殺しながら立ち上がった松田さんは、ぐっと両手を天井に向けて伸ばす。



「とりあえず俺は1回帰るから。お前も仕事だろ?」
「うん・・・」
「俺も今日仕事だから、また終わったら連絡するから絶対出ろよ?」
「何でそこまで・・・」


気にかけてくれるの?と言いかけた言葉を寸のところで飲み込む。


彼が私を気にかける理由は、私が零くんの恋人だったから。そして目の前の彼は優しい人だから。



「何かお前見てると危なっかしくて放っておけねェんだよ」

俯きかけた私の額を、ばちん、と指で弾く松田さん。


そしてそのまま彼は、上着を羽織り私の部屋をあとにした。

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