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日が沈みきる前の橙色に染まる空に背を向けながら玄関の扉を開ける。


「ただいま」

いつもなら明るく出迎えてくれるはずの声が返ってくることはなく、シンとした静けさに迎えられる。


せっかく早く帰ってこれたというのに、どうやら彼女は不在らしい。そのままリビングへと足を進めると、キッチンには作りかけの料理があり先程までここに彼女がいたことを教えてくれる。

なんの連絡もないことやこの状況を踏まえると、夕食の用意の最中に何かを買い忘れて慌てて買い物に走ったところだろう。


上着を脱ぎソファに引っ掛けると、そのままキッチンを見回す。


鍋の中には小さく角切りにされたじゃがいもや人参などの野菜、そしてその横に置かれたトマト缶。ボウルに入ったひき肉はハンバーグのたねだろう。


「よし、やるか」

小さく呟くと、鍋ににんにくとオリーブオイルを入れ野菜を炒める。彼女が作ろうとしていたのは、材料から予想するにミネストローネとハンバーグ。ここまで用意しているのなら、後は特に手間がかかることも無い。このまま彼女が戻る前に作り終えておけば、ゆっくりと二人で食事をとることができるだろう。


そうすれば今夜は彼女と話す時間が長く取れるはずだ。そんな思いから、作りかけの料理を完成させていく。





スープを作り終え、ハンバーグもちょうど焼きあがった頃、玄関が開いた音がした。そしてパタパタとこちらに向かって走ってくる足音。


「零?!なんでいるの?」
「何だそれ、帰ってきてたらいけないのか?」
「そうじゃなくて!なんでこんな早いの?」

片手に紙袋を持った彼女は、俺の顔を見るなりそう言った。まるで俺がここにいることがいけないような物言いに、思わず顔を顰めてしまう。


「たまには早く帰ってこようと思ったんだよ。急ぎの仕事も終わったしな」
「そんなの聞いてないよー・・・。しかもご飯できちゃってるし・・・」
「何か他のもの作る予定だったのか?」
「ううん、ハンバーグとスープで合ってるよ」

だったら何故そんな表情をするのか。喜ばれることはあっても、こんなに彼女がへこむなんて予想していなかった。


「悪い。余計なことしたか?」
「そうじゃないけど・・・」
「だったらどうしたんだ。言ってくれなきゃわからない」
「・・・・・零が作ったら私が作るより美味しいじゃん!!今日は私が作ってあげたかったの!」

ぺたんと床に座り込んだ彼女は、隣に腰を下ろした俺の肩に頭を預けてくる。甘えたようなその仕草から、彼女が怒っているわけではないことが伝わってくる。これはどちらかと言うと・・・・・・、


「なんで拗ねてるんだ?」
「・・・・・・もん」
「え?」

言葉が上手く聞き取れず、口元に耳を寄せると彼女は言葉を発すること無く右手で壁に掛けられたカレンダーを指差す。


カレンダーに目を向けると、今日は平日にも関わらず文字の色は赤く塗られている。


「祝日?ああ、勤労感謝の日か」
「・・・・・たまには美味しいもの作って、仕事お疲れ様ってしたかったのに」

不貞腐れた表情で眉間に皺を寄せる彼女の姿があまりに可愛らしくて、思わず肩の力が抜けて自然と目尻が下がる。


「ふっ、そんなことだったのか」
「なっ!そんな事じゃないでしょ!ゆっくり一緒にご飯食べる時間もあんまりないから、今日は絶対起きて待っていようと思ってたのに・・・」
「けど今日は今から一緒に食べられるだろ?」
「・・・・・零が作ったご飯だけどね」
「最後だけだ。途中まではお前が作ってたんだから」


ジト目でこちらを見ている彼女の頭を軽く撫でると、まるで猫のようにこちらに擦り寄ってくる。そしてそのまま腕の中にすっぽりとおさまった彼女は、じっとこちらを見つめる。


「まだ拗ねてるのか?」
「・・・いつもお疲れ様。本当はそれを一番に言いたかったの」
「・・・・っ・・・」
「仕事に一生懸命で、頑張りすぎなくらい頑張ってる零が好きだよ。頼りないかもしれないけど、たまには私に頼ってくれていいんだよ?」

私にできることはないかもしれないけど・・・、と小さく続けた彼女。その姿に愛しさが募る。


「・・・・・・今でも充分頼ってるよ」
「え?」

小さく零れた俺の言葉は彼女の耳には届かなかったらしい。首を傾げる彼女にもう一度言葉をかけることはない。この気持ちは俺だけが知っていればいいんだ。


「何でもないよ。ほら、冷めないうちに食べるぞ」
「さっきなんて言ったの?気になるじゃん!」

しつこく聞いてくる彼女をあしらいながら、食器棚から皿を取り出し並べていく。やがて聞き出すことを諦めた彼女も、立ち上がり床に置きっぱなしになっていた紙袋を手に取った。


「見て見て!ケーキ予約してたんだよ」
「それを取りに行ってたのか?」
「うん!予約してた時間忘れたから、慌てて料理の途中でとりにいってきたの」


“いつもお疲れさま”と書かれたチョコプレートを、ニコニコとしながらこちらに見せてくる彼女。


ケーキ屋でそれを注文している彼女の姿が目に浮かび、自分の表情が自然と緩んでいることに気付く。



彼女は知らないだろう。

君の些細な仕草ひとつひとつに、俺がどれだけ癒され救われているかを。


君がおかえりと迎えてくれるこの場所が、俺にとってどれだけ大切なものかを。


言えば調子に乗って揶揄ってくるだろうから、絶対に言わないけれど・・・・・・、


俺は君が思っている以上に、君に頼っているし救われているんだ。


「零?どうかしたの?」
「何でもないよ。ほら、食べるぞ」


向かい合ってゆっくりと二人で食事をとりながら、決して口にすることのない想いを改めて心に刻んだのだった。

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