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▽ 過去拍手SS


※ 続・もし出会わなければ の番外編SSです。黒鉄の魚影の内容を含みます。独自解釈強めな内容になるので苦手な方はご注意ください。




老若認証システム



かつて憧れた人によく似た少女。

記憶があの頃≠ノ引き戻される。








朝、そう呼ぶにはまだ早い時間。


部屋のドアが開く音で、はっと顔を上げる。


急いで立ち上がりリビングのドアを開けるのとほぼ同時に、零くんも反対側からドアノブに手をかけた。



「起きてたのか?」
「うん。どうしても心配で。みんな大丈夫だったの?」


八丈島に行っていたコナン君達が事件に巻き込まれたと聞いてから、ずっとみんなの安否が気になって仕方なかった。


哀ちゃんが組織に拐われたと聞いた時は、心臓が止まるかと思った。



『大丈夫だ。できる限りのことはする』
『あのボウヤがついているから安心しろ』


零くんや赤井さんの言葉、それにコナン君を信じて待つしか私に出来ることはなくて。


もちろんそんな状態で一睡もできるわけもなかった。


ソファに腰を下ろした零くんは、見たところ大きな怪我はなさそうだ。



「みんな無事だ。もう大丈夫だから」
「っ、よかった・・・」

ふっと笑みを浮かべながらそう話す零くん。安堵から腰が抜けたように、ぺたりとラグの上に座り込む。


そんな私の目の前に腰を下ろした零くん。はっ!とした私はその腕を掴み、彼の顔をぺたぺたと触る。


「どうした?」
「零くん怪我は?どこか痛いところとかない?」
「怪我?特にどこも怪我なんかしてないけど」
「よかった。いつも事件に巻き込まれたら大怪我してるから・・・、ホントよかった」


不思議そうに首を傾げた零くんだったけれど、思い当たる節がありすぎるのだろう。

苦笑いをこぼしながら、「大丈夫だ」ともう一度繰り返した。






ずっと張り詰めていた何かが、この部屋に入ると・・・彼女の顔を見ると一気に解れるような気がした。


部屋に入ると真っ青な顔だった彼女。みんなの無事を知るとその頬に色が戻る。


そして俺に怪我がないことを確認すると、安心したようにふにゃりと笑う。


毒気なんて一ミリも感じさせないその笑顔。



この温かくて柔らかな時間の流れるこの空間が、今の俺にとってどれほど大切なものか。血腥い世界にいるとそれを強く感じる。



頭を過ぎるのは、幼き頃の記憶。


『零くん』


俺の事をそう呼んでくれたあの人の顔。


懐かしい、淡い思い出。


朧気になっていたその記憶がこんなにも鮮明に蘇ってくるのは、きっとあの老若認証システムであの人≠ノよく似た女性を見たからだろう。



・・・・・・まさか、な。




「・・・・・・くん?零くん?」


過去に思いを馳せていた俺を現実に引き戻したのは、彼女の声だった。


黙ったままの俺の顔を覗き込みながら、「大丈夫?」と小さく首を傾げる彼女。



もしかしたら、この疑問の答えを彼女は知っているのかもしれない。


彼女は知っていた$l間だから。




それでも何故か彼女にそれを尋ねる気にはなれなくて。


手を伸ばせばそこに答えがあるかもしれないのに、彼女をその為に利用したくない。




「なぁ、」
「ん?」
「初恋って覚えてるか?」


なんとなく、そんな質問を彼女に投げかける。


少し考える素振りを見せた後、彼女は俺の肩にもたれながら口を開いた。



「初恋かぁ。初めて好きって伝えたのは、小学生の頃同じクラスだった子かも!クラスで一番走るのが速かった高橋くん!」


懐かしそうにくすくす笑う彼女。隣にある小さな彼女の肩を抱き寄せながら、頭にこつんと自分の頭を預ける。


ふわり、と香るシャンプーの優しい香りが鼻腔をくすぐる。



「零くんの初恋は・・・、」


そう言いかけて口を噤む。


あぁ、やっぱり彼女は知っている。


少しだけ気まずそうに言葉の続きを探す彼女が可愛くて、思わずくすりと笑みがこぼれた。



「憧れた人はいたな。学生時代に、付き合ってくれって言われて付き合った人もいた」
「零くんモテそうだもんね」


今思えばあの人≠ノ向けていた感情は、幼い恋心と呼ぶにも儚いものだったと思う。


年齢を重ねるにつれて、恋人と呼べる人がいなかったわけじゃない。




「でもこんなに大切だと思った相手は初めてだよ」
「っ、」


やっぱり俺の中の特別≠ヘお前だけだから。



過去≠思い出≠ノできたのは、間違いなく彼女が傍にいてくれたから。







「俺の初恋って、こうやって考えてみるとお前なんだろうな」


青い瞳が柔らかく細められる。そっと私の髪を梳く零くんの指が心地いい。


零くんはこうやって不意に爆弾を落とす。そんな言葉嬉しくないわけがない。


心臓がどくん、と大きく脈打つ。



零くんの過去を知っているから。


あの人≠フ存在だって知っている。


幼い彼がどれほど彼女の言葉に救われたのかも。



嫉妬とはまた違う形容し難い感情。


零くんはそれすらこうして甘くて優しいものに変えてくれる。



「お前の初めてを高橋くんに奪われたのは許し難いな」


悪戯っぽく笑ってそう話す零くん。


優しいこの時間がたまらなく愛おしい。


こうして私のところに帰ってきてくれる彼が心から大切で愛おしいから。



「私だって初めてだもん、こんなに好きって思ったのは」



好きな気持ちに優劣をつけるわけじゃない。


過去の私が好きになった人を否定したいわけでもない。あの頃の私は、全力で恋していたから。


それはきっと零くんも同じだろう。


それでも誰よりも大切で、愛されることはもちろん愛したい、そう思ったのは本当に初めてだから。



ねぇ、零くん。



「おかえり。いつも私のところに帰ってきてくれてありがとう」



貴方の帰る場所は、必ず守るから。


大好きだよ。



2023.5.8

祝 黒鉄の魚影 興行収入100億円突破!

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