▽ 4-1
「なまえちゃん、これ3番テーブルにお願いね」
「はい、わかりました!」
喫茶店で働き始めて1ヶ月が過ぎた。もともと接客が好きだった上に、優しい店長に恵まれたおかげで仕事がすごく楽しい。
ここで働けてよかったなぁ、そんなことを考えながら店長が用意した珈琲を席に運ぶ。
カランコロンッ
珈琲を運び終え、キッチンに戻ろうとしたところで入口の鈴の音が鳴る。
「いらっしゃいませ!」
入口に目線を向けると、そこには数日ぶりに見る昴さんの姿があった。
「あ、昴さん!」
思わず小走りで入口に向かう。
「あら、なまえちゃんの彼氏さんじゃない!いらっしゃい!」
そう言いながら昴さんを席に案内する店長。
「だから店長!彼氏じゃないですってば!昴さんに申し訳ないから、それやめてくださいよ〜!」
何度かここに足を運んでくれている昴さんのことを、どういう理由か彼氏と思い込んでしまっている店長。何度否定しても照れ隠しとしか思われていないみたい。
そんな私達のやり取りを昴さんは笑いながら眺めている。
「昴さんも笑ってないで否定してくださいよ」
「ふっ、すいません。でもなまえさんの彼氏役なら光栄ですよ」
このイケメンはまたさらっとこういうことを言う・・・・・・。冗談でもそんなことを言われると動揺してしまう。
そんなやり取りをしつつ、カウンター席に腰をかける昴さん。
「変わりはありませんか?」
少し手が空いたところで、昴さんに声をかけられる。
「大丈夫ですよ、特になにも変わりなしです!」
言葉通りなにも変わったことはなかった。最初は米花町に住むってだけで、事件に巻き込まれるんじゃないかと不安だったけれど杞憂だった。
毛利探偵事務所や工藤邸がある方面に近づいていないこともあり、あの小さな名探偵はもちろん、昴さん以外の登場人物と関わることもなくごくごく平和に日々を過ごしていた。
「そうですか、何もないならよかったです」
昴さんは時間を見つけては、電話をくれたり、カフェに足を運んでくれたりしていた。
特になにかこれからのことを聞くわけでもなく、ただ私の様子を尋ねるだけの彼。
その距離感は私にとってとても心地の良いものだった。
「もーう!なまえちゃん、変わりなしじゃないでしょ!」
昴さんと談笑していると、お客さんの会計を終えた店長が会話に参加してきた。
「何かあったんですか?」
突然会話に入ってきた店長にも笑顔で対応する昴さん。
そりゃ店長も昴さんのこと気に入るよね・・・・・・、この笑顔は反則だよ・・・。思わず苦笑いがこぼれる。
「あの喫茶店よ、ポアロよ!」
同じ喫茶店としてこのままま負けていてはは駄目よ!となにやら1人でメラメラと闘志を燃やしている店長。そんな彼女を横目に昴さんに向き直る。
「最近常連さんがポアロの話をよくするものだから、ものすごくライバル視しちゃってるみたいで・・・・・・」
「あぁ、なるほど。そういう事ですか・・・。でもここにはここの良さがあって素敵なお店だと思いますよ」
笑顔で店長へフォローを入れる昴さん。そんな昴さんの優しさに、キャーっと小さく悲鳴をあげ頬を赤らめている店長に思わず笑みがこぼれる。
母親と呼んでもおかしくない年齢のこの女店長は、良くも悪くも素直で優しい人だ。そんな彼女の人柄もこの喫茶店の魅力のひとつなのだろうなぁ。
そんなことを考えながら洗い終わったお皿を片付けていく。
「しかも最近は若いお客さんも多いみたいで・・・・・・あのイケメンの店員さん効果ね」
でた、イケメンの店員・・・・・・。
背中越しに聞こえる2人の会話に思わず苦笑いがこぼれる。
あの人はこんな噂になってることは知ってるんだろうか?てか噂になっちゃって色々大丈夫なのかな・・・?
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