▽ 3-4
昴さんが連れて行ってくれたのは、お洒落なイタリアンのお店だった。
「んーっ!これめちゃくちゃ美味しいです!」
お店のイチ押しだと言うパスタを食べながら思わず笑顔がこぼれる。
「それはよかったです。そんなに喜んでもらえると連れてきたかいがあります」
他愛もない話をしながら、美味しいご飯を食べる。そんな当たり前のことがものすごく幸せに感じる。
*
「ご馳走になってしまってすいません」
「今日はお祝いと言ったでしょう?気にしなくていいですよ」
いつの間にか会計を済ませていた昴さん。何から何までお世話になりっぱなしで申し訳なくなる。
「それにこういう時は、すいませんよりありがとうの方が嬉しいものですよ」
笑顔でそう言いながら車に乗り込む彼。
この人は本当にずるい・・・、これはきゅんとこない人いないでしょ・・・・・・。
私も慌てて助手席に乗り込むと、精一杯の笑顔でお礼を伝える。
「本当にありがとうございます、いつか絶対恩返ししますね!」
「ふっ、では期待しておきますね。」
口元に少し笑みを浮かべ車を走らせる昴さん。あ、そうだ!ふと先程の出来事を思い出す。
「そう言えばさっき昴さんを待ってるときに会いましたよ!」
「誰にですか?」
「安室さんです!」
たぶんポアロの買い出し中だったんだと思います、と付け加える。
「ほぉー、絡まれていた所を助けてくれたんですか」
待ち合わせ中にあった出来事を昴さんに伝える。
「それで憧れの彼に会えたわりには浮かない表情に見えますが・・・?」
そんなつもりはなかったのに、やっぱりこの人に隠し事はできないらしい。
私は視線を昴さんから外し、窓の外を眺める。
「・・・・・・実在しているあの人を見ると、一瞬だけなんとも言えない気持ちになりました」
この世界に来て、赤井さんに出会って、頭の中ではこの世界が夢なんかじゃない、実在している世界なんだって理解していたつもりだった。
漫画を通して安室さんを見ていたときは、ひとりのキャラクターとして大好きだった。
性格、容姿、彼の過去や今守ろうとしているもの。全てを含めてとても魅力的だと思ったからこそ好きになったんだ。
だから実際に会えたときはもちろん嬉しかった。でも彼は確かにこの世界に存在している。漫画の中の登場人物じゃなくて、本当に1人の人間として生きているんだ・・・・・・。
そう思うと彼が抱えているものの大きさに胸が締め付けられる。
「・・・・・・・・・あの人が救われることってあるんでしょうか・・・?」
思わずそんな疑問が口からこぼれる。
彼が心を許すことのできる人は、この世に存在しているんだろうか・・・。
「・・・・・・」
昴さんの方を向くが、何も言わず真っ直ぐ前を見ている彼と目線が交わることはない。
「実在するあの人を見たら、純粋に好きとか憧れてた気持ちがちょっとだけ迷子になっちゃいました!・・・・・・あ、でも昴さんのことは出会ってからもずっと憧れの存在には違いありませんよ!」
少し重苦しくなった空気を軽くするため、昴さんに笑顔を向ける。
「ありがとうございます」
彼は私の方に顔を向けてそう答えてくれた。
*
「今日は本当にありがとうございました!」
マンションの下まで送ってくれた昴さんにお礼を言う。
「よかったらお茶でもいかがですか?」
「いえ、今日は遠慮しておきます。またの機会にお邪魔させてもらいますね」
「わかりました、楽しみにしておきます」
・・・・・・次はいつ会えるかな?
忙しいのは分かっていても、この世界で頼れる人は昴さんだけなのでやっぱり別れ際には寂しさを感じる。
「時間を見つけて喫茶店にも顔を出しますね」
そんな私の寂しさを見抜くように、そう言ってくれる昴さん。
やっぱり優しい人だな。
見張っている。そんな意図もあるのかもしれないけれど、それでもこんな私のことを気にかけれくれる彼の優しさに嬉しくなる。
明日からも頑張らなくちゃ。
そんなことを考えながらマンションの扉を開けるのだった。
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